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2010/08/26

明るいナショナル

 
わが家の勉強部屋の照明は、裸電球1ヶです。

なんでそんな貧乏たらしい状況なのかと申しますと、市販の傘の多くはデザインがいまひとつなのと、部屋中にうまく光が回らないのが気に入らなかったためであります。

ここへきて急激に目が悪くなったのか、仕事で資料を広げても、小さい字が読めなくて困る。どうも80W白熱灯ひとつでは駄目なようだ。いろいろ考え、単純に電球の数を増やすことにしました。

 
で、こういうものを買ったのね。松下電器製の一品。

 
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ナショナル製の二又ソケットは、松下幸之助翁の伝記に必ず登場するエピソードであります。これはなんとその上をゆく、豪華三ツ又仕様。ここに電球型蛍光灯3ヶをとりつけてやろうという作戦です。

 
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新国民ソケットですよあなた。

 
二又ソケットは、脇に豆球をつけるバージョンや、100V電灯線(死語)がとれるコンセントがついたバージョンなど、さまざまなバリエーションがありました。
 
オリジナルのサザエさん(姉妹社版) の最初のほうのの巻では、裸電球の脇からコードをたらして、電熱器をちゃぶ台の上に置いて鍋物をかこむ家族なんぞが描かれています。まさに昭和の食卓。

 
さてさて、ランプも3つ用意したし、と。
 
 
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げっ。


 
よく見ないで買ってしまった。というか、まだあったのかよ、コンセント仕様…。


 
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結局ランプ2ヶになってしまいました。それでも前より全然明るいけどね。


さてこのコンセント、何に使おうかなあ。
 
 

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2010/08/23

中央線の夏

 
こんなチラシが駅にあったので、貰ってきました。

 
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しかしもう、何でも商売になっちゃうんだなあ。
車両を解体する工場のある、長野までの廃車回送列車にも客を乗せて、ツアーに仕立てたらしい。ファンの人は思い出になるんだろうが、えげつないというか何というか。
 
 
中央線沿線に40年住んでいるので、橙色の電車がなくなるのはちょっと残念であります。この車両にはじめて乗ったのは高校に入った年だったかな。仲間内で「新車」とか「前が黒いやつ」とか呼んでいたのが懐かしい。

ちなみにこのクルマの前も、その前も橙色の車両だった。子供の頃だったし、実はそっちのほうが思い出に残っていたりします。 
 

昔は中央線もクーラーがついておらず、夏は窓をみんな開けて走っていた。窓は2段になっていて、下の窓を半分上げて上窓を最後まで上げると、空気が入れ替わって具合がよかったようだ。
(どうも説明しずらい。知っている人はすぐ分かると思いますが)
最近の電車ではまず見られないが、窓をぜんぶ開けることもできた。えらく開放的だったけれど、子供が面白がってガチャガチャと全開すると(今考えると、あれは結構危なかった)、たいてい周りの席に座っている大人に怒られた。ふきこむ風がものすごく、髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまうのである。

 
三鷹の駅で特別快速に乗り換えると、まだ数少ないクーラーつきの新車がやってくることがありました。
 
これがなかなか難しいんですよ。最初のころは冷房車が少なかったので、あくまで「可能性」 なんですな。特別快速は混むので、快速電車でせっかく座れていても、三鷹で降りて乗り換えると、たいてい立つことになってしまうのだ。
運よく冷房車が来ればいいんだけど、ホームで待っているところに、熱風とともに窓を開けた電車がやってくると、そりゃもうガッカリしたものです。
 
昔のエアコンというのは微妙な調節がきかなかったのか、何かこう、車内が暴力的な涼しさだったような気がする。クーラーつけた上で扇風機をぶんぶん回してたしね。ちなみに、クーラーつきの電車は運転席の窓が小さくて、窓の下に銀色の線が入っていたので、ホームの先頭に並ぶことができると、近づいてくる電車の正面を見ると分かる。家族で出かけるときは、「冷房車がくるよ!」 などと親に報告するのが、私の仕事になっていた。子どもって、こういうつまらんことを一生懸命やるんだよね。

取り付け工事が間に合わなかったのか、山手線などでは、運転席のある一番前と後の車両だけクーラーがついてるという詐欺的電車も走っていて、今考えるとなかなか面白い時代でした。

 
何にしても、近年ほど暑くはなかったよなあ。昔の夏は。
 
 
 

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2010/08/20

最終通告


雑誌の写真撮影のために東大へ行った。多少涼しくなって助かりました。

御茶ノ水駅から東大構内へ行く都バスは、聖橋の上にバス停があって面白い。子ども連れのお母さんも結構いて驚いたが、体が悪いのだったら可哀想だなあ。このバスは終点が東大病院なのだ。龍岡門で下車し、広報課で取材の手続きをする。

 
筆記用具を忘れたので、生協で購入。どうせだからとネーム入りをと、
 
 
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昔は大学グッズで一番安いなのは、100円ライターでしたけどね。使いやすそうなリフィルやノートもあったが、荷物になるので断念。大学生協の文具って、欲しくなるものが多いのだ。


三四郎池のほとりで写真をとっていると、携帯電話が鳴った。メールのようだ。へんなふうに体を曲げると腰に痛みが走るので、カメラを置いて静かにしゃがみ、携帯をひらく。
 
 
㈱アシスト
03-3797-4007
顧客担当の青木と申します
早速ですが、本題に入らせて頂きます。

 
苦労してしゃがんで損した。

 
本通知メール到着より翌営業日(営業時間内)までにご連絡を頂けない場合には、ご利用規約に伴い。①個人調査の開始(悪質
な場合は身辺調査の開始)②各信用情報機関に対して個人信用情報の登録、③法的書類を準備作成の
上、即刻法的手続(強制執行対象者等)の開始、
以上の手続きに入らせて頂きますので予めご了承下さい。尚、本通知は最終通告となります。

 
残念ながら、私は携帯電話を購入以来、Iモードというのを使ったことがないのである。ところでこういう人たち、『最終通告』 っていうのが本当に好きだよね。

気になったことがひとつ。
 
お支払いのご相談等をご希望のお客様は、青木までお問い合わせ下さい。
営業時間、月曜~金曜
午前10時~午後7時迄、土曜午前10時~午後6時迄、日曜日=休日

 

詐欺師のくせに、一丁前に日曜日にお休みをとるなんてけしからん。
 
 

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2010/08/16

あっちいよ

 
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わが家のベランダの気温。エアコンの室外機があるとはいえ、私はここでタバコを吸ってるの。正気の沙汰とは思えん。


『真夏のオリオン』(2009) を観る。リモコン片手に、冒頭5分後から2倍速、その後3倍速、5倍速の鑑賞となり、あっという間に映画が終わってしまった。ああもう、福井晴敏がからんだ映画は全滅だ。

日本で戦争映画はもはや不可能なことを再確認させてくれる作品でした。
(池上司の原作、『雷撃深度一九・五』 は佳作です。念の為)

 

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2010/08/15

新旧ベストキッド


ディズニー・チャンネルで『ベストキッド』(1984)を放送していたので再見。

 
移民のプアホワイトと、日系人が主役の大ヒット作である。各所で垣間見える珍妙なオリエンタリズムとか、肝心の「カラテ」が、中国拳法だか沖縄空手かよく分からなかったりとか(師匠のミヤギは一応沖縄人らしいが)、突っ込みどころ満載の映画なのだけれど、よくできているなあと感心する点も多い。

パット・モリタ演じるミヤギが、マンザナーの日系人収容所で妻を失った、日系2世部隊の英雄という設定が何より心を打つ。妻を想い、軍服で酔いつぶれてベッドに横たわる彼の腕には、米陸軍442部隊の徽章(松明をかかげた自由の女神の右腕をデザインしたもの)がはっきりと見えるのだ。
 
米国社会への忠誠心を疑われたために日本軍との戦いを認められず、ヨーロッパ戦線へ送られた442部隊の奮戦は、あまりにも有名である。収容所に入れられた妻子や家族の名誉のために、彼らは多くの犠牲者を出して友軍を救出し、ユダヤ人の収容所を解放している。この部隊は、アメリカ軍の中で最も多くの勲章を得ているのである。しかし、英雄として帰国した彼らを待ち受けていたのは、変わらぬ差別だった。

収容所に入れられて財産を失った12万の日系アメリカ人は、ゼロからのスタートを余儀なくされた。日系人兵士も同様で、アメリカ人が大量消費社会を謳歌しはじめた1950年代の前半、彼らは馬車馬のように働いて戦後の地位を築いていった。老いたミヤギがレストアしてコレクションしている車が、すべて50年代前半のアメ車なのが泣かせるじゃありませんか。

レーガン大統領の下、日系アメリカ人補償法が制定されたのが1988年。この作品は日系人への名誉回復が社会問題になっていた頃の映画でもある。何度も言うけれど、こういうテーマを、娯楽作品の脚本ににサラリともぐりこませるのが、ハリウッド映画の強みなのだな。

 
ジャッキー・チェンとジェイデン・スミス主演のリメイク版『ベストキッド』 が公開され、ヒットしているようですね。未見ですが、スクリーンで見られる拳法は正確なものだろうし、師弟モノのカンフー映画としては(ジャッキーが師匠というのがまた感慨深い)、恐らく最良の作品に仕上がっているだろうと思います。

しかし、旧作のあのシーンは、日本人としては忘れがたいなあ。
 
 

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2010/08/13

腰痛のその後とか

 
だいぶ良くはなってきましたが、まだまだ痛いです。姿勢を変えないとぶり返します。寝起きがつらい。腰がかたまって起きられん。

最初の一週間ぐらいは、痛みから体が熱をもって大変でした。そのため、予想外の苦痛がもうひとつ。

先日福島に行ったとき、実は足をブヨに17ヶ所刺されているのです。アレルギーなのか、私は虫刺されに異常に弱い(注)。両足とも、ヒザから下がすごいことになっていて、もう写真でお見せしたいくらいの惨状なのだ。
体温が上がったため、やっと落ち着いてきた虫さされの跡がまた腫れ上がり、かゆくてたまらんのです。

注… ブヨにやられたのは初めてである。わたくし、蚊にさされても、ヘタをすると冬まで腫れとかゆみが消えません。しかし、家族で歩いてても、必ず私だけ蚊の被害にあうのは何故だろう。バカボンのパパのように、血が甘いのだろうか。


原稿の直しを終え、録画しておいた『アダムス・ファミリー2』(1993)を鑑賞。ラウル・ジュリアが死ななければ、このシリーズはもうすこし続いたんだろうな。(パート3も制作しているが、すべて別キャスト。ティム・カリーとダリル・ハンナが出てたりしますが、どうも脚本が悪くて)
 
明らかにやりすぎのジョーン・キューザックも笑えるが、この作品の面白さはサマーキャンプのパートにつきる。クリスティナ・リッチが本当に愛らしいのである。このひとは子役出身には珍しく、大人になってもキュートですな。


 
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2010/08/07

夏の日の取材行

 
青梅の山奥に、意を決して取材に出かける。

車を運転すること1時間弱、目的地に到着。駐車場に入り、3分ほどかけてゆっくりと車の運転席を降りた。
カメラバッグをもつアシスタントに、杖代わりの傘を手渡され、それを頼りに歩き出す。腰の角度は約45度。『生きものの記録』 の三船敏郎のようだ。

神経に刺激を与えないように静かに進むが、前傾姿勢のため、しだいにスピードが上がってしまい、ついには制御不能に。杖をつき腰を曲げたまま、がに股で県道を横切りどたどたと疾走。そのまま取材先の旅館へ突入する。

「ごごご、ごめんくださいっ」

「はーい」 と、若女将の声がする。

「せせ、先日おうかがいした、ライターのヒ、ヒロオカですが」

流れ落ちるあぶら汗。

「ご連絡が遅れて申し訳ありません。実はその、ギックリ腰を患いまして」

「まあ大変」

「お、お忙しいところ恐れ入ります。こちらに控えますのは私の助手で、あー、実はその、妻でありまして、あの」


こういう取材は初めてである。

 
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帰宅後、吉村昭のエッセイ『史実を歩く』(文春新書) を再読。もうこの作家の新刊が読めないと思うと淋しいものがある。まだ未読の人は、これから次々とあの名作群を探して楽しめるわけで、羨ましいよ。
  
 

 

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2010/08/04

ツイットもわからん

 
ツイッターを始めました。

実は以前からアカウントは取ってたんだけど、なんだかよく分からなかったのでそのまま放置しておりました。一昨日からギックリ腰で寝込んでいるので、暇つぶしに初めてつぶやいてみましたが、やっぱりよく分からない。うーん。

 
久しぶりに宣伝。

『東京時間旅行 荷風!』(日本文芸社) 最新号が発売になりました。
 
 
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今号の特集は江戸四宿で、江戸の入口にあたる内藤新宿・品川宿・板橋宿・千住宿の過去と現在を取り上げています。私の連載では千住界隈を歩き、北千住から南千住にかけての古い建物を探訪しました。今回は巻頭なんですわ。

南千住は母の故郷でして、叔父叔母や知人が多く住んでいることもあり、ずいぶんと楽しい取材でした。表紙をめくった1ページ目の千住大橋俯瞰写真は、叔父夫婦の住んでいる汐入の高層住宅から撮影したものです。なかなか面白いものが撮れましたよ。

 
南千住には隅田川駅というJRの貨物駅があって、その昔、旧日光街道(コツ通り)を横切る踏切がありました。通称・開かずの踏切。ラッシュ時の往来で開かない踏み切りは多いですが、ここは踏切の上を列車が行ったり来たりして、貨車の入替作業をやってたんです。そりゃを開かんわな。
今は立体交差になってしまっているんだけど、子どもの頃は遊びに行くたびに、ごっとんごっとんと行き来する貨物列車を眺めていたもんです。 

当時の思い出も書いたんですが、やっぱり写真が欲しい。押入れの天袋に死蔵されているプリントとネガをひっくり返し、やっとのことで数枚の写真を発掘、中1のときに撮影した踏切の風景を誌面で紹介しました。こういう稼業をしていると、何がどこで役立つかわかりません。

 
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これは使わなかった写真。網目のプリントが懐かしいや。
このDD13という一つ目のディーゼル機関車は、昔はあちこちの操車場で見かけました。
 
 
『東京時間旅行 荷風!』(日本文芸社)、定価880円です。書店で見かけましたら、ぜひお求めください。
 
 

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