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2010/07/17

東京駅で心震える その2

  
赤レンガの名建築として親しまれてきた東京駅舎は、明治を代表する建築家・辰野金吾の設計。平成15年(2003)、国の重要文化財に指定され、戦災で修復されたデザインを創建当初の姿に戻すべく、現在大工事が行われている。
 
 
明治36年(1903)に中央停車場の設計を受注した辰野は、実に7年の歳月をかけて、いくつかの設計案を作成していった。採用された案は、バルツァー案の分散した建物をひとつにまとめ、横方向に長すぎるデザインを修正するため3階建てにしたものである。全体のバランスはよくなったが、本屋の長さは実に184間(331m)に達するものになった。中央停車場は6年9ヶ月の工期を経た大正3年(1914)に竣工。東京駅と命名され、12月18日、開業式が挙行されている。
 皇居の正面に建設されるわが国の中央駅であること、また日露戦争の終結直後であり、記念碑性の高い建築物を求められたことが、辰野自身がのちに「博覧会の陳列館見たやうな」と表現した、当時世界にも例のない長大な駅舎を誕生させることになった。
 東京駅の意匠はクイーン・アン様式とよばれるものである。これは19世紀終盤、ヴィクトリア朝の末期に流行したフリー・クラシック様式のひとつで、おもに住宅、都市部で軒を連ねる町屋に多くみられたデザインだった。辰野はこの大きすぎる建物をひとつの建築としてではなく、通りに連なる家並みに擬したのだろう。
 屋根上に大小の塔屋やドームを並べ、さらに壁面を御影石の水平線で飾るスタイルを辰野は好み、同デザインの建築物を数多く残した。重要文化財に指定されている日銀京都支店(京都文化博物館別館・1906)や日本生命九州支店(福岡市赤煉瓦文化館・1909)などは、今なお街のランドマークとして健在である。これらのデザインは「辰野式」と通称されるようになり、明治・大正期のレンガ建築に大きな影響を与えることになった。

 
これは2007年3月、雑誌『荷風!』(日本文芸社)11号に書いた文章を再掲したものです。丸の内・八重洲の大特集で、私は連載している「建物探訪」のほか、巻頭の東京駅の歴史ページを担当しました。鉄道ファンが買ってくれたのか、この号は早々に完売となってしまい、バックナンバーも残っていないんですよ。


さて、今回の工事の外観上のポイントは、


1 戦災で失われた最上階を復元する。

2 南北の乗り場の三角屋根を、八角形のドームに戻す。

3 建物正面の装飾を復活させる。


の3点が中心となっているようです。

 
駅のイメージが大きく変わるドーム屋根の復元は、ずいぶんとマスコミでも取り上げられています。しかし、今回工事の現場を見て衝撃をうけたのは、1なんですね。最上階の復活。
 
われわれが長い間親しんできた東京駅は、素敵な建物ではあったけれど、ずいぶんと横ににひょろ長い印象だった。本来3階建てだった建物が、戦争中の空襲で焼けてしまい、戦後の応急処置で3階部分を削って屋根を置いたのである。


Dsc_0062_3
 
2007年撮影。写真はクリックすると拡大します。

よくよく見ると、三角屋根が大きすぎてバランスが悪いんですね。横に伸びる建物が、なんだか3つのドームをつなぐ渡り廊下みたいです。 
 
 
それでは、工事中の東京駅をもう一度見てみましょう。
 

Dscn1832
 
 
いかがでしょう。駅がデカくなったのがお分かりでしょうか。
おそらく以前より3~4mは背が高くなっています。

 
前出の文章で、私はクイーン・アンのデザインを「通りに連なる家並みに擬した」のだろうと書きました。これ、あたってました。ちょっとしたビル街みたいになりそうです。
 
戦災を受ける前の写真は数多く残っているし、ずいぶん見てきましたよ。でもね、3階建ての東京駅が(まだシートと足場だけなのに!)、これほどの規模のものとは思いませんでした。見上げるとすごい存在感。圧迫感すら感じます。
 
いやあ、完成が楽しみですよ。非常に楽しみ。三菱1号館が完成したときから、結構期待していたんです。あの建物については悪口も書きましたが、やっぱりいい出来なんだよね。あのレベルで復元できればいいのだけれど。

 

 
Dscn1836
 
中央改札左右の小出入口。
戦災復旧では失われていた部分で、独立した塔屋をもつ。
ここの復元が私は一番期待している。



 
Dscn1828
 
ドームの八角形の覆いに注目。



Dscn1860
 
こうなります。
(『ペーパークラフト・東京駅』集文社 表紙絵より)



まわりをすっかり超高層ビルに囲まれ、復元しても何だか淋しいものになりそうだと思っていましたが、どうやら杞憂かもしれません。辰野金吾お得意の、ギャラギャラとした飾りつけと、紅白饅頭のような色使いが完成当時の美しさで蘇ったら、おそらく21世紀のビル街にも負けない。復元建築でこんなに心が震えたのは初めてである。

 
しかしこれ、完成後に賛否が分かれるだろうな。あまりの変化に戸惑う人も多いと思いますよ。なじみの薄いデザインへの復元を反対する声もあったし。
(建築当初の姿だったのは約30年間、2階建て・三角屋根の時期はその倍の60年あまりだから、この意見もまあ分からないでもない)


何にせよ、復元予想図だけでは絶対にこの衝撃を感じることはできません。東京駅周辺にお越しの際は、ぜひ見上げてみて下さい。
 
 

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