« 誰も彼も、叩かれまいと | トップページ | ある既視体験 その2 »

2010/02/13

ある既視体験 



子供の頃、高熱を出すと必ず同じ夢を見た。


同じような経験をお持ちの人も多いだろう。目覚めてから思い出しても、どうして怖いのかうまく説明できず、もどかしい思いをする。 

私の場合、夢にいつも登場するのは、夕暮れ時のごみごみとした街並みだった。別に怪物が現れたりするわけではない。住宅地や小さな商店が並ぶ通りの突き当たりに、レンガ造の古い工場が壁のように立ちふさがっている。それだけのことだが、その風景がどうにも陰鬱で怖いのだ。体調が悪く熱があるときは、またあの夢でうなされるだろうと予想がついたので、寝入るのが苦痛だった。

最後にこの夢を見たのは、高2の春である。突然夢のなかに風景が現れ、驚愕して目覚めた。このときは別に発熱はしておらず、何というか、まったくの不意打ちだった。

恐らく大声をあげたのだと思う。気がついたときには、私の顔を不安そうにのぞきこむ母親の横で、ピアノの長椅子に座って震えていた。寝室から連れてこられたのだろうが、まったく記憶がない。
このときの震えは、身震いなどという生やさしいものではなく、体が跳ね上がりそうなほどで、頭が、腕が、両足が、全身が絶え間なくガタガタと振動していた。目は開いているが、周囲のものにまったく焦点が合わないのだ。頭上の白熱電球がふだんの半分ほどの明るさに感じられ、キイキイと嫌な音がどこかから聞こえてくる。ネジのゆるんだ長椅子がきしむ音だった。
 
しばらくすると、震えは次第に収まってきた。もう大丈夫だから、と母親に告げ、私は一人で部屋に残った。

この夢は一体何なのだろう? 物心つくまえに、どこかで目にした場所なのだろうか? ようやく覚醒してきた頭で、私はぼんやりと考え、机の上にあった紙切れに急いで印象を書きとめた。4Bの鉛筆で殴り書きしたこのときの紙片は、その後長い間机の引き出しに入っていたのでよく覚えている。こんな内容だ。




いえ 家 家(古い)    工場いきどまり 窓がない  
あかれんが あかい     赤い
 
モーターうなる音      くさり?  おばあさん
 

電線   家家      くらい  こわい 

こわい

 
 

7・8年後、大学時代のこと。
山陰地方を旅行していた私は、帰路に同行の友人と別れて、一人で京都に立ち寄った。
 
まだ空也像が大雑把に廊下に置かれていた頃の六波羅蜜寺と、六道珍皇寺を見物したあとで、河原町の駅へ戻る道が分からなくなり、迷路のような路地に迷いこんでしまった。どれくらい歩いただろう。日没が迫り、曇り空が次第に薄暗くなってきた。灯りが点りはじめた街灯の下を、うつむき加減に歩いていた私は、ふと顔をあげて目の前の風景に足をとめた。

 
 
 
 
Dsc_011_2


あ。

ここだ。

 


私はその場にしゃがみこんだ。いわゆるデジャヴというものが、視覚と脳内の記憶が混乱したものだということを何かの本で読んでいたので、べつに恐ろしかったり、ことさら神秘的な何かを感じたわけではなかった。ただ、あまりにも例の夢の風景そのものだったので、かなり動揺したのだった。そして地名や建物を確認することなく、足早にその場を立ち去った。

以後長い間、この場所はあの夢と同じように、私にとって幻の街となっていた。この街角を再訪したのは、20年近くたってからである。
 
 
次回に続きます。
 
 

|

« 誰も彼も、叩かれまいと | トップページ | ある既視体験 その2 »

「歴史・建築」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/81538/47552308

この記事へのトラックバック一覧です: ある既視体験 :

« 誰も彼も、叩かれまいと | トップページ | ある既視体験 その2 »