夢野久作の思い出
昨日の最後に『ドグラ・マグラ』 についてちょっと触れました。この小説をめぐる、私の好きなエピソードです。横溝正史と小林信彦の対談で、『横溝正史読本』(小林信彦編・角川文庫)より。
横溝 (前略)ぼくは「新青年」(注…戦前の探偵小説雑誌) やってる時代は非常に短いんだけれど、夢野久作に短編を書いてもらったことがあるの。そうしたら、どういう機会だか忘れたが、はがきをくれましてね。文句をはっきり憶えているが、「近頃は講談しか読まずなりぬ。われもこれまでの男なりき」 っていうの。これどういう意味かな、と思っていたの。そのはがきをもらってから、まもなくぼくは喀血して信州へ言った。そうしたら『ドグラ・マグラ』 が送られて来たじゃない。「これまでの男」 じゃなかったわけよ。(笑)
(注… 横溝先生、小林氏の対談に備えて再読したそうです)
横溝 真夜中に気が変になっちゃってねえ。飲んでも飲んでも寝られないじゃない。もう死ぬところだったよ。ガラス割っちゃってねえ。
(書庫入り口のガラス扉に激突したという。さいわいケガはなし)
横溝 命拾いしたよ。七草の晩だよ。
小林 それは大変でしたねえ。
横溝夫人 それで、手ぬぐいを引っ張り出すんですよ。ご不浄の手拭いを、おれ、これで首吊って死のうと思ったんだって言うんですよ。わたしはすっかり寝られなくなっちゃいました。
横溝 『ドグラ・マグラ』 読んで、頭が変になっちゃったらしいんだね。だから、おれはまだ相当感受性が強いなと思って、安心したよ。(笑)

夢野久作。
私は夢野久作の短編が好きでして、『少女地獄』 もいいけれど、『死後の恋』『瓶詰の地獄』 あたりが傑作だと思います。『人間レコード』 という変な作品もあって、これは社会主義者の暗躍を暴くという戦前の娯楽小説にありがちな題材ながら、アイデアはサイバーパンクの(これも古いなあ) SFそのものである。
『瓶詰の地獄』 は、高校時代に角川文庫版で初めて読み感銘を受けた。角川版の夢野作品は、どれも米倉斉加年の妖しげな表紙絵で素晴らしい。みな欲しかったが、すでにほとんどが絶版になっていて、しかたがないので地元の図書館で借りている。

米倉斉加年画。
大学に入った年だったか、この『瓶詰の地獄』と、もう一冊の夢野作品を図書館で借り、バッグに放り込んで東北へ旅に出た。晩秋の夕暮れどき、橙色の白熱灯が淡く光る客車列車の片隅で、ひとりページを繰り悦に入っておったのです。
ところが降りるときに、一冊車内に置き忘れてしまったのですな。
帰宅後に図書館に電話して詫び、どうしたらいいか尋ねたら、代替本を購入してほしいという。絶版になっていることをおそるおそる話すと、また連絡するとのこと。いったいどう責任をとればいいのだろう。
数日後、電話があった。
「夢野久作の『狂人は笑う』 を紛失されたヘロオカさんですね」
「はい」
「集英社文庫から出ている『丘の家のミッキー』 の2巻を買って、もってきてください」

本屋から図書館に直行するのも癪なので公園で読んだ。
2巻からではわけがわからず、結局図書館で借りて
その日のうちに全巻(当時)を読破した。
読み出したら止まらない、本読みの悲哀。
あー、まあ、面白かったです。
代りの本を買わせるというシステム、まだやっているのだろうか。
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