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2009/01/22

機材購入


私は父親の代からの日本光学ファンで、家中に転がっていた新旧のカメラとレンズを遊び道具にして育ってきた。日本人ならぬニコン人というやつである。

叔父叔母いとこ・親戚も全員、写真が趣味のニコン人である。引き伸ばし機や現像タンクを貸し借りして、みんなで楽しんだ。妹がオーストラリア人の写真家と結婚したとき、だれも違和感なくコミュニケーションをとることができたのは、いざとなればカメラの話をすればよかったからである。

大人になって写真が仕事の一部となり、ポジフィルムをつめたF3、F4あたりをバッグに入れてあちこちを旅するようになった。以前も書いたが、このころからカメラに対する物質的愛情はなくなってしまった。撮影を失敗するのを恐れるようになったせいかもしれない。
 
いつのまにかデジタルカメラの世の中になり、あんまり気が進まなかったけれど、仕事の道具として一眼レフを購入した。D50という普及機である。直後にD40という戦略的な低価格機が登場したので、販売期間が妙に短かい薄幸の商品となった。

2年ほど使ったが、なかなか優秀なカメラでした。操作は簡単だし、えらく軽いし、恐ろしいほどバッテリーが長持ちした。画素数は今から見ると物足りないのかもしれないが、雑誌仕事ではそれほど大きな写真は使わないので充分だったし、必要があればポジフィルムを併用していたので不便を感じたことはない。レンズだけは明るいものが欲しかったので、他社の全域F2.8のズームを買っている。カメラ本体より高くなってしまったが、これも使いやすくいいレンズだった。

年末のある日、ネット上の広告を見ていたら、上位機種のD300というカメラがずいぶんと安くなっているのを発見。コストパフォーマンスを考え、熟慮の末、ついに購入することにした。
(考えてみれば、趣味で写真を楽しんでいた頃は、こういうときに熟慮などしなかったものだ)
 
久々の「重いカメラ」 である。D50の最大の難点は、プラスチックのボディがちゃっちいことだった。私は機材の扱いがかなりガサツなので、F3並みとは言わないまでも(モータードライヴをつけたF3は鉄アレイに近い)、もうちょっと丈夫なカメラが欲しかったのである。

このD300、マニュアルの古いレンズも装着して使うことができる。レンズのデータをカメラに登録すると、露出情報がちゃんと表示されるのである。昔ながらのニコン人にはなかなか心憎いサービスで(こういう顧客はそろそろ切り捨てたいだろうに)、久々にカメラをいじりまわして遊んでいる。



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