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2009/01/23

ストリームラインという悪夢 その1

 
「鉄道の写真を撮ってきたそうで」

「うん。トラベルライターの白川淳さんに誘われて、群馬の取材に同行させてもらいました」

「『全国保存鉄道』(JTBパブリッシング)のシリーズで有名な方ですね。しかし、ヘロオカさんは電車の写真って撮ってましたっけ」

「鉄道写真自体を目的として出かけるのは、小学生のころに東京駅に行って以来かな。そのころ、寝台列車を撮るのが流行ってたんだよ。オリンパスペンや110カメラをかまえる少年たちの間で、父親のニコンFを首から下げて、駅員に怒られながら東海道線のプラットホームを行ったり来たりしてたね。あのカメラはフィルム交換が難しくて」

「嫌な子供だなあ。それって、今や絶滅寸前のブルートレインってやつですね。今回はまたどうして」 

「新しく買ったカメラのためし撮りというのもあるけど、鉄道の入った風景の写真を撮る練習をしたかったんだ。地方取材のとき、コトコト走っているディーゼルカーなんざを構図の中に入れてみることがあるんだけど、ふだん撮っていないもんだから、どうにも冴えない絵になってしまうんだね。鉄道ファンの人は実にきっちりとした写真を撮るからさ、ロケーションやセッティングなんかを参考にしようと」

「建築ばかり撮ってますもんね」

「建物は動かないからなあ。それと、もうひとつ理由があるんだよ。今回の撮影対象は、非常に古い機関車なんです。戦前の」

「SLですか?」

「いや、電気機関車。EF55形といって、1930年代に登場したものです。東海道で特急列車の先頭に立ってた車両で、戦後は国分寺にあった国鉄の研修施設に保存されていたの」

「ヘロオカさんちの近くですね」

「そう。中央鉄道学園というところで、ときどき地元の人々に公開していたらしいです。残念ながら見にいったことはないんだけどね。この機関車、20年ぐらい前に職員の方々がレストアして、走れるようにしたんだよ。ときどき臨時列車を引っぱって人気を集めていたのだけれど、いよいよ老朽化が進んで、大宮の鉄道博物館に展示することになったんです。だから今回が最後の運行」

「なるほど。で、写真の出来は?」

「たくさん撮ったんだけどさあ、もう散々だよ。列車が来たら慌てちゃってさ。ブレるし、そもそも写真傾いちゃってるし」

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(写真はクリックすると拡大します)
 
 
「へんな格好ですね」

「当時世界中で爆発的に流行してた、流線型のデザインなんだ。色といい形といい、何だか磨きあげた革靴みたいだよね。若いファンは『ムーミン』 なんて呼んでいるそうだ」

「ムーミンねえ。まあ、そう言われてみれば」

「先入観が強いせいか、私はそういうふうに可愛く見ることはできないけどね。だいたいこれ、怖くないかい?」

「え?」

「私、この機関車のデザイン、本当に怖いんだ。スプラッタ映画や幽霊みたいな生理的、根源的な恐怖ではないんだが」

「どういうことでしょう」

「何というかなあ、これほど時代背景を露骨に体現したマシーンは珍しいの。おまけに、現在も根強いある種の思想を内包してるんだな。だから一回、実物を見ておきたかったんだよ。新幹線のぞみ号の流線型とは意味合いがまったく違うんだ」

「大げさな話になってきましたね」

「インダストリアル・デザインってなかなか微妙でね。バウハウスに代表されるモダニズム建築を、かの美輪明宏大先生が雑誌で、『ああいう家に住むと発狂する』 と、口を極めて罵倒しているのを読んで大笑いしたことがある。あの人はマレビトであるからして、機能美や合理性の追求が行きつくところに当然気がついているんだ。そのへんの教養と視野の広さが美輪さんの凄みだし、もっとも魅力的なところなんだけど、テレビじゃ全然そういう話を披露してくれないんだよなあ。前世の話ばっかりで」

「はあ?」

「いや失礼。それでは、1930年代に流行った流線型、ストリームラインというものは何だったのか、ちょっと振り返ってみましょう」
 
 
次回に続きます。
 
 

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2009/01/22

機材購入


私は父親の代からの日本光学ファンで、家中に転がっていた新旧のカメラとレンズを遊び道具にして育ってきた。日本人ならぬニコン人というやつである。

叔父叔母いとこ・親戚も全員、写真が趣味のニコン人である。引き伸ばし機や現像タンクを貸し借りして、みんなで楽しんだ。妹がオーストラリア人の写真家と結婚したとき、だれも違和感なくコミュニケーションをとることができたのは、いざとなればカメラの話をすればよかったからである。

大人になって写真が仕事の一部となり、ポジフィルムをつめたF3、F4あたりをバッグに入れてあちこちを旅するようになった。以前も書いたが、このころからカメラに対する物質的愛情はなくなってしまった。撮影を失敗するのを恐れるようになったせいかもしれない。
 
いつのまにかデジタルカメラの世の中になり、あんまり気が進まなかったけれど、仕事の道具として一眼レフを購入した。D50という普及機である。直後にD40という戦略的な低価格機が登場したので、販売期間が妙に短かい薄幸の商品となった。

2年ほど使ったが、なかなか優秀なカメラでした。操作は簡単だし、えらく軽いし、恐ろしいほどバッテリーが長持ちした。画素数は今から見ると物足りないのかもしれないが、雑誌仕事ではそれほど大きな写真は使わないので充分だったし、必要があればポジフィルムを併用していたので不便を感じたことはない。レンズだけは明るいものが欲しかったので、他社の全域F2.8のズームを買っている。カメラ本体より高くなってしまったが、これも使いやすくいいレンズだった。

年末のある日、ネット上の広告を見ていたら、上位機種のD300というカメラがずいぶんと安くなっているのを発見。コストパフォーマンスを考え、熟慮の末、ついに購入することにした。
(考えてみれば、趣味で写真を楽しんでいた頃は、こういうときに熟慮などしなかったものだ)
 
久々の「重いカメラ」 である。D50の最大の難点は、プラスチックのボディがちゃっちいことだった。私は機材の扱いがかなりガサツなので、F3並みとは言わないまでも(モータードライヴをつけたF3は鉄アレイに近い)、もうちょっと丈夫なカメラが欲しかったのである。

このD300、マニュアルの古いレンズも装着して使うことができる。レンズのデータをカメラに登録すると、露出情報がちゃんと表示されるのである。昔ながらのニコン人にはなかなか心憎いサービスで(こういう顧客はそろそろ切り捨てたいだろうに)、久々にカメラをいじりまわして遊んでいる。



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『大人の遠足マガジン』(JTBパブリッシング)早春号が発売中です。
 
連載「古道探索」 は、房総往還の終点・館山の街を取り上げました。取材では旧街道筋のタバコ屋のおばあちゃんに2時間近く昔話をしてもらい、実に楽しかったです。紙面にあまり取り上げられなかったのが残念ですが、館山の歴史に妙に詳しくなってしまいました。
 
今号は街道めぐり特集の解説ページも執筆しています。「古道」 とともに、イラストレーター・村西恵津さんの素敵なさし絵入り。書店にありましたらぜひお求めください。 

 

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2009/01/21

バラク・フセイン・オバマ


寒中お見舞い申し上げます。

アメリカ大統領就任式。「諸外国との協調」 に触れていることが、かの国の就任演説としては珍しく、ちょっと感心した。
NHKのBS放送を録画したものを15分ほど、中学校の授業で見せた。宣誓シーンとアレサ・フランクリンの歌、そしてヘリでブッシュがホワイトハウスを去る場面である。演説は長いのでポイントだけ話し、あとは夜のニュースで見てね、と言っておく。

圧倒的な支持を得ているオバマ新大統領だが、前途は非常に厳しい。政治家ってのは失政があれば、あれよあれよという間に支持率が下がるのだということを説明した。まったく大変な商売だと思う。

さて、中3に教えている公民という科目は、政治・経済の分野にあたります。私は政治性の乏しい人間ではあるけれど、いろいろ話を進めるうちに、どうしても人物や法制度、さまざまな事象について批判的にならざるを得ないときがある。
これは歴史の授業でも同様で、対立する意見を取り上げて比較させ、ひとつの考え方を押しつけないようにいつも注意している。これがなかなか難しいんですよ。

使う言葉にもいろいろ注意が必要だったりする。たとえば日本が60年前に戦った戦争を、バランスよく表現する用語ってないんですな。
近現代史で「大東亜戦争」 という表現を常用して授業をすすめる教員は少ないと思われます。「八紘一宇」 と同様、きわめてイデオロギー色の強い用語だからです。「太平洋戦争」 が長く使われてきましたし、現在もまあ一般的なんですが、これでは中国大陸の戦いがどうも曖昧になります。
 
そこでいつからか、「アジア太平洋戦争」 という語が登場しました。
当初は悪くないと思ったんですが、徐々に違和感を感じるようになりましたね。この言葉も極めて政治性が強いのです。検索してみるともう一発で分かりますけれどね。困ったなあ、どうも。

特定の人物、それも現役の日本の政治家について実名を挙げて否定的なコメントを加えることは極力避けている。しかし昨年、ついにこの禁を破った。20年近く教壇に立っているが、あの人は間違っている、と断言したのは恐らく初めてではないかな。

いささか旧聞に属しますが、例のアレです。

「たらたら飲んで食べて、何もしない人の分の金を何で私が払うんだ」

という発言。

あれは心底頭にきましたね。実際そう思ってもいいんですよ。しかしね、国民皆保険の、相互扶助の制度を堅持している行政の長が発するセリフではないでしょうよ。床屋政談じゃないんだからさ。

「うまくいってないし、少子高齢化でますます難しくなっていく制度だけど、国の方針としてすすめているんだよね。いい解決策があるといいね」 って教えてるんだよ、こっちは。

いくら漢字が読めなくったってこの際かまいません(注)。しかし、こうまで国策に反することを堂々と言われてしまうと、教育現場にいる者も困ってします。

すっかりオバマ氏の話ではなくなってしまいました。


注・・・ いまさらフリップを持ち出して「この漢字読める?」と首相に迫る民主党議員のズレっぷりにあきれ返る。もうみんな飽きてるのに。
 
 
 
Ship
東京湾口を横断するフェリーから撮影。
妙に威勢のいい写真になりました。

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