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2008/05/07

サザエでございます その2

 
下野街道・大内宿取材の帰りに、会津若松市内を散歩。

猪苗代湖周辺や喜多方は何度も訪問したことがあるんですが、会津若松は初めてでした。駅周辺の旧道ぞいには古い町並みがわりと残っているんですね。

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これは昭和12年築の会津若松市役所。
近世復興式ってやつかな。素敵です。
(写真をクリックすると拡大します)

この写真を撮っていたら、通りがかった地元の男性が、「うわあ、こんなの撮るのかい!」 と恥ずかしそうに言うのね。古い、狭いで大変だとは思うけど、ぜひ大事に使ってくださいよ。新しい公共建築って、そんなにいいもんではないですから。

会津でぜひ訪問したかったのが、白虎隊終焉の地である飯盛山。ここにはへんな建物があるのである。

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通称・さざえ堂といいます。

明治の初めまで飯盛山にあった、正宗寺という寺院の仏堂である。寺は悪名高い廃仏毀釈運動で廃されてしまったのだが、三匝堂(さんそうどう)と名づけられたこの建築だけがあとに残された。
 
この建物、内部が二重らせん状になっていて、入場者は一本道のスロープを登って最上階まで行き、下り客とすれちがうことなく表に出られるという構造なのだ。説明するのが面倒くさいので、くわしくはこちらをご覧下さい。
 
 
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こんな感じ。なかなかよくできてます。

江戸時代後期の建築で、通路に面して33の観音像(現在は二十四孝の額)が飾られ、それを拝みながら歩くという趣向だったそうな。

珍しいし、現在は重要文化財にもなってるんだけど、これが何というかね、実にキッチュな建物なんですな。言っちゃ悪いが、見世物小屋テイスト全開なのである。そこがまた面白いんですが。
江戸時代後期に大流行した富士塚(富士山にみたてた築山を登る)などと同じで、庶民の遊山としての要素が非常に強い施設に思える。訪れる人も、敬虔な信仰心というより、「うわあ、こりゃ面白えぞー」 てな感じで楽しんだのだろう。幽霊画を見せたりとか、人魚のミイラ(注)を拝ませたりとか、アミューズメントパーク的な要素をもつ寺院というのが全国に結構あるのである。幕末の悲劇で有名になってしまった飯盛山だが、もともとは藩士領民の手軽な行楽地だったのではないかな。

注… 上半身がサルで下半身がシャケのこしらえモノ。よく考えるねえ。妖怪・水木しげる大先生は、「サルじゃないのもあったのでは」と、鋭くも怖いことを言ってますが。

 
さてさて、ぼんやりと歩けば5・6分で登って降りて、勝手に外に出てしまうこのさざえ堂ですが、わたくし、堂内を行ったり来たり、1時間以上は滞在しました。

いやもう、意外な面白さを発見しまして、夢中になったんですよ。


次回に続きます。

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