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2007/04/26

ダーク・ピットシリーズ

 
久しぶりに自転車通勤である。午前中4時間授業をこなし、昼食抜きで次の学校へ移動して、さらに2時間喋り倒す。6時間連続はさすがにくたびれます。独身の頃は、その後さらに定時制や学習塾に直行していたんだけどね。
 
帰路、ぼんやり裏道を走っていたら、前から小学生男子のあやつる自転車がこちらに突っ込んできた。急ブレーキで難を逃れたが、危うく正面衝突するところで冷や汗をかいた。
この坊主、片手に何か持っていて、そちらにすっかり気が取られていた様子である。どうせ携帯電話だろうとその手元を見ると、なぜか銀紙に包んだ石焼芋。脱力し怒る気も失せる。

 
 
クライブ・カッスラー『極東細菌テロを爆砕せよ』(新潮文庫)上下巻を読了。凋落著しいダーク・ピットシリーズの最新作である。新刊で購入した妹が途中で投げ出して母に譲り、母がやはり途中で挫折して私にくれたという作品。
 
このシリーズは30年以上続いている冒険小説で、アメリカの海洋機関に所属する主人公、ダーク・ピットが、さまざまな陰謀や犯罪に立ち向かいながら、同時に歴史上の謎や事件を解決してゆくという趣向のストーリーである。長期シリーズの常で、主人公は老いストーリーはマンネリ化して、往年の生きのよさは見る影もない。原書まで買って再読した傑作、『タイタニックを引揚げろ』 から何作かは実に面白かったのだが。
 
数年前にマシュ-・マコノヒーとペネロペ・クルス主演で一本映画化されていて(注)、こちらも先日DVDで鑑賞した。B級活劇としてはまあまあの出来だったが、元来このシリーズ自体あまりにも映画的なストーリーゆえ、映像化しても新鮮味がないのが致命的であった。派手なアクションシーンもおおかた予想がついてしまうのである。

それにしても、数年前に読んだ『マンハッタンを死守せよ』 のラストシーンには衝撃を受けた。番場の忠太郎かと思ったよ。
 
 
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注…  『サハラ 死の砂漠を脱出せよ』(2005)。ちなみに1980年、出世作の『タイタニックを引き揚げろ』 が映画化されたが、そのあまりの不出来に原作者が激怒し、以後作品映画化のオファーを断り続けていたらしい。
 
 
 
 

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2007/04/25

古いラジカセの話

 
松山ケンイチ君が調子のよさそうなシトロエン2CVを運転している予告編が気になって、『セクシーボイスアンドロボ』 の第一回を鑑賞する。主役の女の子はなかなか上手だったけれど、話の転がし方がどうにも下手で、一回目でリタイア。強引な展開も、脚本次第ではもっと面白くなる筈なのだが。

2CVという車、生産終了からもはや20年近くたって、現在も乗り続けているオーナーの多くは『保管モード』 に入っているという。毎日通勤で乗り回していた日々が懐かしい。実はまた欲しいのだけれど、程度のいい車はもう出ないのだろうな。ガンガン乗って乗り潰したいよ。
 
 
さて、ドラマのHPを見てみたら、TOPページで懐かしいものを発見しました。

http://www.ntv.co.jp/sexyvoice/

松山君の持っている、ゴースト・バスターズ風味の機械をごらんください。これ、大昔のソニーのラジカセなんです。CF-5950といい、スカイセンサーなる愛称がついていました。
 
30年ほど前、海外の短波放送を受信することがブームになったことがあり、このラジカセは、そのときに発売された高性能なラジオに、カセットデッキをつけたモデルです。当時の定価は56800円。

小学6年のとき、これを父親に買ってもらった。裕福でもないのによくこんな高価なものを、と感心するのだが、オーディオ系が好きだった父は、結局自分でも遊びたかったんでしょうね。「ラジオだけだったら買わなかったよ」 と、後になって話してくれた。実際には、仕事で出入りしていた百貨店でかなり安くしてもらったらしい。

成長するにつれ、さまざまなモノを手放してきたが、このラジカセだけは捨てられずに今も手元にある。実家、一人暮らしのアパート、結婚して転居した現在の住居と、常に天袋の一角を占めているのである。これがもうデカくて重くて。写真はクリックすると拡大します。

 
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今みてもなかなか格好いいと思うのだ。
 
 


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チューニングつまみを一回転させると、後ろの銀色の目盛りの部分が4分の1回転する構造。減速ギアが入っているのである。右のサブダイヤルで布幕の周波数表示部が動きます。一体何枚歯車が使われているのやら。何というかもうアナログの極致ですね。
 
 


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当時、カセットを正立させて入れるラジカセはまだ珍しかった。
(たいていのラジカセは、テープを上から逆さにいれていた。ご記憶の方も多いのでは)



東西冷戦期、日本国内でも東側のスパイや工作員が検挙されることがあった。自衛隊の幹部にもソ連と通じている人物がいて大騒ぎになったこともある。そういう人たちのアジトを捜索すると、必ず(本当に必ずなのだ) このラジカセが押収され、アンテナや乱数表とともに並べられた証拠写真が新聞紙上を飾っていた。実にさまざまなユーザーに愛されたモデルなのでした。

以前、別の手持ちラジオをオークションで手放したとき、近所の方だったので手渡しで取引したことがあった。喫茶店で雑談したのだが、そのときこのラジオの話をしたら、「手放すときはぜひ連絡してください」 と頼まれた。どうやら今でも一部で人気があるらしいですね。

 
さあ、また天袋に片付けなければ。
 
 

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2007/04/23

神輿に乗る人、乗れる人


長崎市長選、元市課長の田上氏が当選

http://www.asahi.com/politics/update/0422/TKY200704220148.html
(asahi.com)


この手の選挙戦で、後継者が負けるというのも珍しい。「世襲より経験選択」 というタイトルの記事が社会面を飾っていたが、実際のところそれだけではないでしょう。

元市長の娘婿氏、短い選挙戦の当初には、何かしら自分の言葉を発しようとしていた。それ自体は当然だし、正しいことではあるのだけれど、恐らく支持者はやきもきしていたに違いない。
こういった経緯で急遽出馬を決めた人というのは、一切能動的な言動を見せてはいけないのです。いわゆる弔い合戦というものは、後援者の、選挙戦のエキスパートたちの担ぐ神輿に、何一つ考えず乗り続けることのできる人物でないと駄目なのである。
思うに彼は(というかこのご夫婦は)、当選することは自明のこととして、選挙戦におけるイニシアチブを少しでも握ってみようとしたのではないかな。黙ってプロの言うことを聞いていたのであれば、あのように支持者が割れることもなかったと思うのだが。
 
父親急逝後の衆院選で立候補し、次点に10万票以上の差をつけて当選した元首相の娘を、ここは見習うべきであった。あれは凄かった。何一つ考えているようには見えなかったもんね。彼女は。
 
 
さて、地元の選挙ですが、正直言って今回は私の住んでいる自治体より、近隣の国立市や小金井市などの選挙戦の方が論点が明確で興味深かった。3年前に埼京線で痴漢をこころみ、線路を走って逃げたあげくに逮捕された元市議が、再度立候補して当選した国分寺市議選には驚きましたけど。
 
 

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2007/04/04

検索三代噺

 
ブログをはじめて結構たちますが、知人友人のほかに、どのような方々にご覧いただいているのだろうと気になることがありまして、ときどきアクセス解析というのをチェックしています。yahoo!やgoogleなど、サーチエンジンを利用して見に来てくれた人の、検索ワードがわかるやつですね。
2つ3つの単語を入力して私のページに来て下さった方々の、単語の組み合わせが面白いんです。これが。

まず、最近多かったものから。

「耳毛 森 おふくろさん」

「おふくろさん 歌詞 耳毛」

「じいさん 耳毛 長い」

川内康範先生の話ですね。「じいさん」 ってあなた失礼な。

 
学校で使用している採点用のペンの話を何回か書きましたが、このペンはファンが多いようで、見にきてくれる人も多い。

「プラチナ 採点ペン 赤インク」

「プラチナ サインペン 先生用」

「デッドストック ソフトペン 丸つけ」

てな感じで。
 
 
自動車趣味の方もよくご覧になって下さるんだけど、こういう方々です。

「シトロエン サスペンション 異音」

「シトロエン 車高 トラブル」

「車高 上がらない JAF」

「BX ストラット 外れる」

「サスペンション メンテナンス 費用」

「BX トラブル シトロエン」

「ハイドロ 乗り心地 信頼性」

「つらい シトロエン 維持」 

「LHM 漏れる 困った」

もう涙なくしては見られません。


 
なかにはよくわからないのもある。

「個人撮影 江東区越中島在住 人妻」

そんな話書いたかな?

「ジッポのオイル 100円ショップ 不具合」

100円ショップなんかで買うから…。

「ソニー ベータ修理店 八王子」

もうあきらめて捨てなさい。

「渡哲也 一本調子 大根」

ひどいなあ。
 
 
私のブログは身辺雑記が主で、基本的に仕事ネタは一切書いていないのだが、それでもなかなかいろいろな方々が見に来てくれているようです。ありがとうございます。
 
 
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2007/04/03

有権者諸君!

 
NHKを見ていたら、このところ話題の外山恒一候補の政見放送がはじまったので、楽しく鑑賞した。この人は管理教育反対論者として、往年の『SPA!』 にしばしば名前が登場していたのを記憶している。
彼のパフォーマンスはネット上で話題になっているらしく、youtubeに放送がアップされてしまうので選挙管理委員会が困っているらしい。
実際の演説を見ると、限られた時間内でしっかり芸になっており、なかなか感心した。ありゃずいぶん練習してますよ。時間をきっちり使って喋るのはなかなか難しいものです。

唯一神・又吉イエス様が参院選に立候補したときも書いたが、供託金が安かった昔は、突拍子もない人々が多数出馬していたものである。
私はこの手の泡沫候補が好きで、小中学生の頃は政見放送や立会演説会の中継を記録していた(嫌なガキである)。テレビの前にラジカセを置いて録音するのだが、立会演説会は観客の反応もあり、政見放送より数段面白かった。

ほとんど処分してしまったが、1979年の都知事選のテープだけはなぜか保存してある。日比谷公会堂あたりで行われた立会演説会の様子らしい。数十年ぶりにカセットを聴いてみると、もう面白いのなんの。
 
当時の候補者を3人ばかり紹介します。

反ソ決死隊長・深作清次郎候補

愛国党の赤尾敏党首と並んで常連の人物。「ソ連が来たら日本は終わりだよ!」 と絶叫し、「都知事選挙だぞお」 と野次る聴衆を「黙れ乞食!」 と一喝し、時間が余ると「万朶(ばんだ)の桜か 襟の色~」 と『歩兵の本領』 を歌いだし、聴衆の爆笑と手拍子のなかで演説を終えていた。
数寄屋橋のいつもの演説と変わらぬ赤尾節より、この人の方が子供心に見ていて面白かったことを覚えている。東西冷戦期が終わり、古典的な反共主義者の方々の主張も聞けなくなりましたね。

 
雑民党 東郷健候補

お馴染み、オカマの健さん。前回の選挙(1975年・石原慎太郎が初めて立候補して落選した都知事選) の政見放送で差別用語を連発し、今回の選挙では発言内容をNHKにカットされて、裁判を起こしている。
聴衆の怒号のような野次がやまぬ中で「私のありったけの愛をこめて。私が東郷健です」 と終えた演説は凄みがあった。この人の同性愛への偏見に対する怒りは、現在なら当たり前に新聞紙上に掲載されるような意見であり、パイオニアというのは大変なのだなあと考えさせられた。

 
秋山祐徳太子候補

シルクハットがトレードマークの前衛芸術家。選挙への出馬を表現活動の一環ととらえ、選挙運動を「パロディ」「パフォーマンス」 と断言した日本で初めての人物だと思われる(注)。話が実に上手く、観客の笑いが最も多かったのがこの人だった。「東京を西東京・東東京に分け、都知事を2人つくるんです。高校野球方式でね。片方が革新、片方が保守でもいいのっ!」 などと力説していたのが楽しかった。
この人はのちに大学教授になったが、現在では日本のポップアート界の長老格になってしまったらしい。


 
泡沫候補の方々の御活躍というのは、まあ税金の無駄使いといわれても仕方がないのだけれど、それくらいの余裕がなければ民主主義の先進国と言えないような気もするんですよね。
 

注…宮武外骨っていう大先達を忘れてました。
 

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