« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »

2007/01/31

子供を生む機械



某大臣の発言が物議を醸している。

実に軽率だとは思うものの、それほどタチが悪い人ではないような気がするんだよね(注)。憤慨されている女性も多いと思いますが、報道を見る限り、子供を生むことは女性しかできないということを強調したいがあまりの余計な一言のようである。発言直後にあわてて訂正・謝罪を重ねていることからも、不用意な発言をしてしまったということにすぐ気がついていることがわかる。あの人物の深層にある女性観が無意識に現れた、というものではないと思うのだ。鬼の首をとったように騒ぐのはどうかと思う。


どうして失言大臣の肩をもつようなことを書くかというとですね、怖いからなのですよ。今回の騒ぎが人ごととは思えない。あれは聴衆を前に語る仕事をする人が犯しやすい失敗なのである。

15年間中学校や高校で授業をしてきたので、私は人前で喋ることにまったく抵抗がなくなってしまった。テーマがあれば2時間でも3時間でも話をすることができる。聞き手に内容を印象づけるために、強調や繰り返し、言い換えや比喩、ときには誇張を交え、さまざまなテクニックを駆使して喋りつづけるのだ。もう一種の芸のようなものである。政治家も同じだろう。
 
教室で生徒が興味をもったり集中して聞いてくれたりすると、当然こちらのテンションも上がってくる。語ることに酔っている状態である。しかし、こういうときについ不用意な言葉や喩えを使ってしまうことがあるんですね。それがその場で許されたとしても、ああ、あれは誤解を招きかねない一言だった、とか、調子にのった軽口だったな、とあとで後悔することもしばしばあった。
 
政治家の問題発言は、選挙区の後援者相手のスピーチや懇親会での挨拶など、その政治家の話を聴衆が熱心に聞いている場合に発せられることが多い。聞いている人々の反応が良ければ良いほど、話し手は注意しなければならないのです。
 


 
 
 

注…  以前「集団レイプする人はまだ元気があっていい」 とのたまった議員がいた。政治家の問題発言は数あれど、このときは心底怒りを感じたものだ。この発言には、レイプという行為に対する問題意識のなさ、鈍感さ、そして当人のうすら寒い女性観があらわれていて、醜いことこのうえなかった。弁解のしようもなく、今回の失言とはまったく次元が異なるのである。言葉の選び違い、喩えの良し悪しの問題ではないのだ。

 
ずいぶん昔のことだが、ある雑誌を読んでいたら、当時急成長していた結婚仲介業が紹介されていた。
 
お見合いパーティに参加する男性というのは実にさまざまらしく、なかには「女の脳容量は男より○○グラム少ないから、女は馬鹿なんだ」 というような話を延々と続ける人がいるのだという。心底そう思っていて、それを女性に語ることに対して何の抵抗もないのだそうだ。
取材をうけた仲介業者が「こういう人は何度参加しても絶対に相手が見つからないんです」 と妙な太鼓判を押していたのがおかしかった。
 
世の中にはいろいろな人がいるもんですね。
 
Dsc_0158
 


| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007/01/23

彼は神の名を唱えない

 
 
納豆騒動決着。さすがにあの番組も打ち切りだろうが、被害者然としてコメントする花王もいい気なものである。
 
スーパーに行ったら、数日前はひとつも残っていなかった納豆の棚に、商品が山積みになっている。 
急に売れなくなったというより、業者が大増産し、店も大量に仕入れてしまったんだね。いちばん広い面積を占めているのが「ナットウキナーゼ1.5倍!」 とパッケージに大書された新製品。これがひとつも(本当に一個も) 売れていない。まことに気の毒だとは思いながらも、いつもの銘柄をかごに入れる。
 

 
学校の図書館に、チャールズ・R・ジェンキンスの「告白」(角川書店) があったので、遅ればせながら借りて読んでみた。ご存知、曽我さんの夫君の自伝。

冷戦期に極東の最前線に立たされた、プアホワイトのアメリカ兵(彼は下士官だが) の実態が垣間見えて興味深かった。緊張と恐怖、戦局への不安のなかで銃をとり、軍務につく若者たち。誤解を恐れずに言えば、戦後の在日米軍でさまざまな不祥事をおこしてきた下級兵士たちと同種の匂いを感じるのである。ちなみに現在、米軍で彼らの立場にあたるのは、イラクにいる移民系の志願兵たちである。

高齢のジェンキンス氏には申し訳ないが、本書を読めば読むほど、この人が複雑な性格の人物であることがわかる。

同時期に北朝鮮に亡命した米兵と、ジェンキンス氏が共同生活をするくだりがあった。体制の犬となったこの大柄のアメリカ人は、当局の歓心を得るために、氏に対して長期間にわたり殴打を繰り返す。ここで恨み憎しみの描写があまりないのは、しばらくして両人とも妻帯し子供も生まれ、隣人として生活をしていくからである。本書の後半では、彼は偏屈ながらも経験を共有する友人として描かれている。
曽我さん帰国の一年後、ジェンキンス氏と子供たちはついに北朝鮮を離れることになるが、帰国前に氏はこのアメリカ人にも別れの挨拶をしている。亡命米兵はもう一人いたが既に病死し、彼がただ一人北朝鮮に残ることになるのだ。
驚かされるのは、帰国の機内の中で乗務員からもらった旅客機のミニチュア、ボーイング747の模型をプレゼントとして彼に送っていることである。かの地で永遠の囚人となる人間に対して。
 
正直言ってこれはあまりにも酷薄な行為に思えるのだが、ジェンキンズ氏は淡々と語っているだけである。最初は「彼」に対する復讐なのかとも思った。しかし、どうもそうではなさそうなのだ。
言いづらいことだが、本書を読み進めていくと、この人は物事について、とくに人間の心の機微といったものを熟慮しない、あるいは理解できない人なのだということに気づかされる。
つけ加えるならば、この自伝にはアメリカ人の回顧録ではありがちの、信仰心の吐露がないのも印象的だった。ジェンキンス氏は本書の中で、一度たりとも神の名を唱えていない。そしてそれは前述の性格とあわせ、北朝鮮で生活するなかでそのように変化していったわけではなく、どうやらアメリカ東部のスモールタウンで育ったこの人物の、本質的なキャラクターであることが分かってくるのである。 
 
北朝鮮での異常な体験より、そちらのほうがどうしても気になってしまう。不思議な本であった。
 
 

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2007/01/16

わたくし怒ってます

納豆がないのだよ。スーパーに。

ご存知の方も多いと思うが、TVのバラエティ番組で納豆ダイエットなるものが紹介されたらしい。どの店に行っても、納豆の棚だけが大晦日の生鮮食料品売り場のようにがらんと空いている。
テレビで取り上げられた食材に人気が集まるのは珍しいことではないけれど、日頃食べていたものが突然入手できなくなるのは困る。非常に困るのだ。わたくしは大豆製品への依存度が異常に高く、納豆と豆腐とオカラがないと生きてゆけないのである。

この番組を見て納豆を買いに走った人は、ほとんどがふだん食べていない人なんでしょうね。好き嫌いの分かれる食べ物ですが、健康のために好きでもない納豆を食するというのは、実に馬鹿馬鹿しい気がするなあ。まあ納豆安いけどね。
だいたい本当にやせるものなんですかね。納豆ですよ、納豆。葱を刻んで、醤油たらして、ああ、おいしくてご飯がすすんでしまうじゃありませんか。

しかしまあ、いろんな方法が流行るものである。ダイエット先進国アメリカで統計をとったところ、ここ数十年間にアメリカ国内で注目を浴びたダイエット法は2万を越すらしい。そのなかで普遍的な効果が期待できる方法はただひとつ、絶食だけだという。なるほどね。

| | コメント (4) | トラックバック (6)

2007/01/08

風林火山 その2

 
大河ドラマで思い出したが、昨年暮れに取材で山梨に行ったとき、小淵沢の近くにこんな施設があった。武田信玄の館を再現しているそうです。写真はクリックすると拡大します。
 
Dsc_0085
 
ここでドラマのロケもおこなうらしい。
早朝に行ったのでまだ閉まっていましたが。


このへんは景色がいいんですよ。朝日を浴びて色が変化していく富士山がすばらしいんですね。

Dsc_0007_1

Dsc_0059
 
 
 
韮崎市の武田八幡本殿。信玄が再建したものと伝えられ、天文年間(1500年代半ば)の建築らしい。
 
Dsc_0157
 
よく残っているものですね。
この神社はなだらかな山の斜面に建っているんだけど、見にいったときは近所の飼い犬とお猿の親子が境内でくつろいでいるだけで、全然ひと気がなかった。気持ちのいい場所でした。

私がこのへんの高校生だったら、放課後にここで仲間とタバコを吸っていただろうな。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/01/07

風林火山

NHK大河ドラマの第一回目を見ました。

いやあ、内野聖陽はうまいや。
 
やはり主役を安心して見ていられるというのは大きい。さすが文学座のプリンスですね。役者個人を意識せずにドラマを楽しんだのは久しぶりで、前作の上川隆也の大根っぷり(キャラクターに合致しており、決して嫌いではないのだが) と比較すると雲泥の差であった。
物語がホームドラマに堕しておらず、戦国時代らしく殺伐としているのもいい。武田の家臣を演じる寺島進の贅沢な使い方も楽しかったが、内野の相方の百姓娘を演じた女の子(貫地谷しほり) にも感心した。スウィング・ガールズに出ていた人らしいですね。

信玄の父を演じる仲代達矢の衰えが痛々しい。年をとったなあ。
この人のパターン化された演技は昔からで、それはそれで面白いのだけれど、共演している年上の加藤武のほうが力強く生き生きしてるんだよね。同じ黒澤組だった人なのに。
しかし加藤武って人もたいした人です。80歳近いのに、いまだに滑舌がいいの。『椿三十郎』『悪い奴ほどよく眠る』 で重要な役を演じたのはもう50年前ですよ。リメイクの『犬神家の一族』 に前作と同じ警察署長役で出演しているのも、考えてみればすごい話である。また「よし、分かった!」 とかいってるんでしょうね。

有薗芳記が出ているのもうれしかった。第三エロチカの頃から好きな俳優さんだが、崔洋一の『月はどっちに出ている』(1993) での演技をご記憶の方が多いのではないだろうか。よく通る甲高い声は健在でした。個人的には『逆噴射家族』(1984) での浪人生の印象が強い。大きな声では言えないが、先日の渋谷の殺人事件の犯人を思い出してしまう風貌で、それはインパクトがあったものです。

男っぽいドラマになるといいんですがね。今後に期待します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/01/03

あけましておめでとうございます

 
 
Dsc_0284_1
今年もよろしくお願いします。
 
 
どうもこの数年、月日の流れが加速度的に早くなっている感じがいたします。年ですね。

 
昨年に続いて、紅白の感想を少々。正直言って、今回は見所があんまりありませんでした。
 
 
中居正広の司会っぷり
「うまく仕切ってるオレ」 が顔に出てしまうのがこの人の気の毒なところである。ハリウッド映画でカリカチュアされる、アメリカのショウビズ番組の司会者みたいだ。仲間由紀恵さんのそつのなさは少々不気味である。

布施明
『イマジン』 をそんなに朗々と歌わんでも。

岡村隆史
笑いの人をこういうふうに使うのが紅白らしいと思います。司会者の横でふだんの小ネタをやられても貧乏臭いだけです。

DJ OZMA
ああいうパフォーマンスがNHK的にいいか悪いかは別として、ある程度の反響もクレームも織りこみ済、といった感じがひしひしと漂ってくるんだよね。そのわりには民放ほど無責任に徹することができない中途半端さが哀しい。

和田アキ子
この人を見るたびに、「声が出ないから」 と歌うことをやめた研ナオコはえらいと思う。

クールファイブ
追悼・内山田洋ということで再結成。前川清が涙を見せないところもプロらしく、実によかった。
笑い系の人たちが「営業」 という内輪の言葉を客の前でギャグとして口にするようになって久しいが、クールファイブのメンバーを眺めているだけで「巡業」「ドサ回り」「キャバレー」「バンマス」「ギャラの配分」「興行主との交渉」「ボーヤ」「マネージャー金持って逃げた」(あくまでイメージです) ってな言葉が次々と頭に浮かんでくる。芸能界が水商売であるということを全身で体現しているというか何というか、もう圧倒的な存在感であった。今回の紅白で良かったのはこの人たちだけ。
 
 
Dsc_0282_1


今日の始発で群馬の山奥へ取材撮影にゆく。JRの駅レンタカーが、一日3500円(国産Sクラス・保険代込み)というお正月廉価サービスをやっていたので、年末に申し込んでおいたのである。いかにも冬らしい写真が欲しいのだが、今年はどうやら無理のようだ。
 
 


| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2006年12月 | トップページ | 2007年2月 »