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2006/08/03

どんなもんじゃい

と言われたって、あの判定では見ているほうも困ってしまう。

(TBS以外で)叩きに叩かれているのが分かっているのだろう。今日の亀田君は元気がなく、見ていて気の毒であった。マッチメイクの問題はあれど、彼が懸命にトレーニングしてきたのは事実だし、今回も試合自体はなかなか面白かったのである。
親の言いつけを愚直に守ってきた19歳が、一夜明けてみたら数万の非難にさらされる羽目におちいった。テレビをつけても、よくやったと褒めてくれるのはTBSだけなのだ。彼の心中やいかばかりか。

しかしまあ、親子鷹などと試合前にさんざん持ち上げていたけれど、あの父子の密接な関係、親子の絆を褒め上げるのは絶対に間違っていると思うのだ。あの父親は乗り越えるべき対象であり、本来亀田君はその時期にさしかかっているはずなのである。夢を息子に託す、とは聞こえがいいが、子離れできない父親も父親である。
 
彼らをみていて感じたことがいくつかある。

・幼なじみ、あるいは家族の絆を何より大事にすること。身内への限りない信頼。

・自分の生まれ育った地元へ愛着。

・それらの愛情が閉じた円環を成していて、そこからおもてに出ようとしないこと。

これらがヤンキー文化の特質であるのはいうまでもない。
こういった価値観にシンパシーを感じる人々が今回のTBSの戦略上にあったのだろうが、亀田君の本質はヤンキー兄ちゃんとは遠いところにあるように思う。テレビ局の言うがままに役作りをしていたらああなってしまったのだろう。
底の浅い感動をでっち上げ、強引に物語化して視聴者に押し付ける最近のテレビ番組には辟易するが、文句をいっている他局だって、まったく同じことをやっているのである。

知人のノンフィクションライター、西牟田靖さんがブログで「亀田は家出しろ!」 と書いていた(8月3日)。 まったく同感である。父親以外の指導者に教えを請うことができたら、他人とのさまざまなつきあいを覚えて世界を広げることができたら、どれだけ人間として成長することだろう。

指導者である親父のもとを飛び出した例に、スノーボードの成田童夢・メロ兄妹がいる。原因はどうあれ、長年導いてくれた守護者から離れるのは勇気が必要だったにちがいない。オリンピックでの彼らの言動を批判する声も多いが、この件については本当に感心している。

 
さて、TBSは今後どう落とし前をつけるのか。楽しみである。

 
 

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