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2006/05/17

ヤマハのヨットを駆った男 その1

子供の頃、プラモデルのカタログをよく眺めたものだ。

どこの模型店にも、小学生にはまず手の届かないプラモデルというのがあった。記憶にある人も多いのではないだろうか。ガラスのショウケースや、店内の一番高い場所に飾ってあった高価な製品である。ラジコンが搭載可能な戦艦大和だったり、キャタピラーを一コマづつ組んでいくタイガー戦車だったり、帆船のウッドモデルだったりとさまざまだが、どれも信じられないほど巨大な箱に入っていた。子供には太刀打ちできないこれらの模型も、カタログでは精密につくられた完成写真を楽しむことができたのだ。

ある会社のカタログに、かなり大きなヨットの模型が紹介されていたのを覚えている。オレンジ色のスマートな船体のシングル艇で、細部の造作もよくできていた。同じページに実物の写真も載っており、小型化された自動操舵装置や、当時はハイテクだったであろう太陽電池といった装備を備えていることが説明されていた。
 
このヨットの名はウィンド・オブ・ヤマハといい、ある卓越した技術と精神力をもつヨットマンのために、ヤマハが提供したレース艇である。1975年、このヨットマンはこの艇を駆り、沖縄海洋博記念に開催された太平洋単独横断ヨットレースに出場、2位以下に圧倒的大差をつけて優勝している。
皮肉なことに、このレースは優勝者より、6位でゴールインした選手のほうが大きく報道される結果となった。6位の小林則子選手は、日本女性初の太平洋単独横断成功者となったのだ。
昭和50年のニュース映像を見ていたら、愛艇リブ号の上で祝福を受ける小林のもとに、照れ笑いを浮かべた優勝者が歩み寄って握手を求めているシーンがあった。

当時35歳の戸塚宏である。


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