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2006/05/19

ヤマハのヨットを駆った男 その2

沢木耕太郎のノンフィクションに『オケラのカーニバル』 と題された作品がある(文春文庫『馬車は走る』収録)。自作ヨット「オケラ三世」 を操り、海洋博記念の太平洋横断ヨットレースに出場したヨットマン、多田雄幸を追ったルポである。沢木はこの作品の中で、不思議な魅力をもつ多田という人物と対比させながら、戸塚宏に触れている。
艇を軽量化するために差し入れの食べ物をすべて処分していたこと、時間節約のために常に乾燥食品を食べつづけていたこと、コースを外れてタイムロスすることを恐れ、15分ごとに鳴る目覚し時計を特注、航海中は一度に15分以上の睡眠をとらなかったこと、日誌のかわりにテープレコーダーに航海のデータを録音していたことなど、酒や楽器を楽しみながら終始マイペースな航海を続けた多田と異なり、勝利への強い執念と強靭な精神力を保ちつづけた戸塚のメンタリティがうかがえて興味深い。
 
 
家庭内暴力や非行に走る子供たちを矯正させる新しい試みとして、メディアで戸塚ヨットスクールがまだ好意的に取り上げられていたころ、TVのワイドショーなどで紹介される映像は、決まってヨットの訓練風景であった。ライフジャケットを着用した子供を安定の悪い小型艇に乗せ、転覆して海に落ちても手助けをせずに自力で復旧させるのを待つという訓練である。
はじめてこの映像を見たとき、なかなか感心したことを覚えている。日本離れしたやり方というか、アメリカのサマーキャンプあたりで行われていそうな訓練風景に思えたのだ。当時民放の2時間ドラマで戸塚ヨットスクールが取り上げられことがあるが、クライマックスはやはりこのシーンであった。
戸塚の体罰肯定主義は早くから知られていたが、生徒の死亡事件が起こるまでは、その部分だけを取り上げた報道はあまりなかったように思う。死と隣り合わせである海での活動を通して、心と体を鍛錬するという点だけがクローズアップされていたのである。
 
スクールを脱走した生徒の証言のもとに、過酷な体罰が注目を集めるようになり、スクールへの評価は一変していく。訓練の様子を隠し撮りしたビデオテープがTVで放送されたが、それは厳しい中にもどこかスマートさを感じさせた洋上訓練とはまったく異なっていた。
薄暗い倉庫の中で生徒を一列に正座させ、バットや木刀で執拗に小突きまわすジャージ姿のコーチたち。だらしなくタバコをくわえた口からは、たえず汚い言葉を投げかけられる。まさに「嬲る」(なぶる)という表現がふさわしい、きわめて陰湿な光景であった。

 
戸塚の教育論に賛同する声も多い。しかしあの映像をみた後で、全面的に称揚できる人は少ないのではないだろうか。

次回に続きます。

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