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2006/03/24

Shall we dance?

いよいよ選抜高校野球に八重山商工高校が出場する。島から、そして内地のあちこちから石垣人が集結、3万人の応援団がアルプススタンドを埋めるというから見ものである。石垣市は議会を休会して応援に繰り出すらしい。
ちなみに石垣島の人口は4万5千人ほど。出場が決まった日、石垣離島桟橋に停泊している安栄やら八重観やらの高速船やフェリーが、汽笛を鳴らして祝ったという。

周防 正行『アメリカ人が作った「Shall we dance?」』(大田出版)を読了。自作のアメリカ公開の顛末を語った『「Shall we ダンス?」アメリカを行く』 の続編ふうの本で、ハリウッドのリメイク版公開までのエピソードをまとめたものである。オリジナルとの相違点を解説したページは興味深く、前著より面白かった。しかし周防監督、新作は撮らないのかね。もうこの映画の公開から10年経つのに。

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2006/03/22

交通博物館がなくなる日 その2

20年ぶりの交通博物館。
 
年末の忙しい時期に訪問したのは理由があった。年が明けると混雑するし、展示物も整理しはじめるという話だったのだ。
小学校以来と思っていたけれど、よく考えたら二十歳前に一度来ていた。浪人生の私は予備校をさぼって、関東一円の博物館・美術館を回っていたのである。目前に迫った入試から目をそらすことに懸命だったのだが、のちに美術品や文化財に興味をもつきっかけとなったわけで、今思えばいい経験をした。親には言えないが。

はじめて館内の写真を撮ってみました。鉄道ファンの方には申し訳ないですが、電車にはあまり興味がなくなってしまったので、鉄道以外のものばかりです。
(写真はクリックすると拡大します)

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いきなりドアであります。よく磨かれた真鍮金具がきれい。この建物は昭和11(1936)年築で、戦前のビルらしくこのような古い造作があちこちに残っています。私はこんなところばかり見ているんです。


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博物館の建物のシンボルとなっている階段室。ずいぶん前にアルミサッシになってしまいましたが、竣工当時流行していたインターナショナルスタイルを取り入れた、明るくモダンなデザインです。この建物のある場所が、旧万世橋駅だったというのはもう有名ですね。現在その遺構を特別公開しています。


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古い博物館を訪問すると、こういうものにしびれてしまいます。素ん晴らしい展示ケース。「東京・神田・萬世橋」 というのが泣かせるじゃありませんか。閉館後はどうなってしまうんだろう。


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階段の脇に飾られた絵画。残念ながら、ほとんどの見学者は見向きもしない。日本画家の松宮左京が1935年に描いた作品である。画面右奥に松住町の鉄橋が見える。
ここ須田町のガードは、戦前は絵ハガキになるくらい有名だったのです。しかしガード下の絵というのも今では珍しいんじゃないか。おまけに日本画である。
そういえばここには以前、戦前に描かれた「東京駅八重洲口の想像図」 の油絵も飾ってあったのだが、いつのまにかお蔵入りしてしまった。
(交通博物館は、けっこう絵画を所蔵しているのである)


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くるりと山を回って急勾配を登ってゆく、ループ線の模型。子供図鑑にも写真が出ていた由緒ある代物である。この模型はおそらく40年は展示しているだろう。


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日本の誇る軽自動車、スバル360です。小さい小さい。実はこれ、初期のタイプの中でも車体番号がもっとも若い車体である。ファンには国宝級のクルマ。
この車が博物館に収蔵されたのは私が6年生のころだった。大事にしていたオーナーの人が寄贈し、新聞にも載った。よくみるとあちこち壊れてパーツが盗まれている。ひどいよ。

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ラビットの宿敵、三菱のシルバーピジョン。1950~60年代のスクーター戦争は富士重工と三菱の対決だったが、ウサギとハトの戦いだったのである。和式便器のようなスタイルのラビットも捨てがたいが、私はランブレッタっぽいピジョンが好み。赤白ツートンが素敵です。


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日ペリ(日本ヘリコプター)の機体。何十年ここに吊るされているんだろう。
 
航空会社には2レターコードというのがあります。「NW501」といったように、便名の頭につく2文字のアルファベットですね。日本航空はJL、ユナイテッド航空はUAです。全日空はなぜかNHなんですが、これはこの会社の前身が日本ヘリコプターだからなのです。子供のころ、ここの学芸員さんから教えてもらいました(注)
 
注…  ついでに言うと、管制塔からのコールサインというのもなかなか面白いのである。日航はJAPAN AIR、全日空はALL NIPPONと、基本的に会社名を想起させる呼称になっているのだが、どういうわけか例外もあって、チャイナ・エアラインはDINASITYという。これは「王朝」という意味だから、中国の航空会社にふさわしいコールサインに思える。そしてきわめつけは英国航空。BOACという会社名だったころから、伝統的にSPEEDBIRDとよぶルールなのだ。なんだか威勢がよくて気にいっているので、以前から私のブログのアドレスに借用している。 


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この通勤電車のカットモデルは実物大。車掌と同じようにドアを操作して開閉できるという、子供心をくすぐるギミックである。大昔からある展示で、シミュレーターなどなかったころは子供たちにもっとも人気があった。
懐かしくて近寄ってみたら、何とドアのところに透明のアクリル板が貼ってあるではないですか。これにはあきれた。
昔は自由に出入りできたのだ。友達をはさむのが面白かったのに。

 
まじめな話をすると、交通博物館に収蔵されている鉄道関係以外の展示物がどうなるのか、非常に危惧しているのである。鉄道関係の史料や車両は新しくできる博物館に運ぶのだろうが、航空、船舶の展示物はどうするのだろう。とくに船舶模型は、その船の竣工時に船会社に寄贈される精密なもので、素晴らしいものが多いのだ。


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昭和11年(1936)に竣工した関釜連絡船、金剛丸の80分の1模型。大戦中、連合軍が日本海にばら撒いた機雷原を生き延び、戦後は復員船として活躍したが、朝鮮戦争中に座礁、解体された。当時の水準を越える豪華船だったという。
 

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横浜にある日本郵船の博物館あたりが引き取ってくれればいいのだが、あそこも狭いんだよね。展示品の引越し先が決ったら、ぜひ公表してほしいものである。
 
博物館がつぶれて収蔵品が散逸してしまうんじゃ、文化国家とは言えないよ。

  
最後にちょっとお知らせです。まもなく発表になると思うが、旧万世橋ホーム(交通博物館の上の線路)でイベントがおこなわれるらしい。なんでも懐かしい鉄道車両を展示するという話である。中央線の電車から見えるのかな。

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2006/03/21

交通博物館がなくなる日 その1

神田須田町の交通博物館が5月で閉館する。


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この博物館をはじめて家族で訪れたのは小学校低学年のころだったか。帰り道、まだ戦前のビルだった肉の万世でハンバーグを食べて、秋葉原電気街で電子パーツやら、高嶺の花だったアマチュア無線機やらを親子でながめた記憶がある。その後も叔父に連れられて従兄たちと、クラスメートと子供だけで(ちょっとした冒険気分だった)、小学校の社会科見学でと、ずいぶん足を運んだものだ。

10月に鉄道博物館が埼玉県さいたま市にオープンし、鉄道車両や収蔵品の多くはそちらに移されるという。JRの広い敷地を活用して、立派な博物館がつくられるらしい。
 
http://www.railway-museum.jp/top.html


でもね、子供のころから交通博物館に親しんできた方にはお分かりいただけると思うが、この博物館は須田町にあるからよかったんだよね。

万世橋の欄干の飾りと、橋から見下ろすどぶのような川面、遠くに見える赤い丸の内線の電車、淡路亭のビリヤード場、古い看板建築の商店、緑色に塗られた松住町の大鉄橋、肉の万世の狭くすすけた階段(階段の踊り場にまでテーブルがあった)、夜店のごとく密集する電気街のパーツショップ、そして航空母艦の格納庫のような鉄骨組みの秋葉原駅と、日本一だった長い長いエスカレーター。
 
男の子は乗り物が好きだ。この博物館に飾られた機関車や飛行機は、戦前戦後を通して東京の少年たちのイコンとして存在し続けた。
しかし今思えば、博物館だけが楽しく思い出深いのではなく、周辺の風景も渾然一体となって子供のころの記憶をつくりあげていたのである。そして私のような東京都下に住む子供にとっては、仲間だけで交通博物館に来ることは、大人の街にはじめて踏み出す、一種の通過儀礼だったような気がするのだ。


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昨年末、久しぶりに行ってきました。


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2006/03/20

ネバーランド

ご当人が華々しく夜空に散ることはないようで。

http://cnn.co.jp/showbiz/CNN200603180002.html


マイケル・ジャクソンがカリフォルニアにこの施設を造ったとき、まず連想したのが江戸川乱歩の傑作『パノラマ島奇談』 であった。巨万の富を費やして自分の理想郷を建設するというところと、その夢の世界が何とも子供っぽい点が、この小説の主人公・人見広介そっくりなのである。そしてその破綻っぷりもまったく同じ。

ネバーランドを「私設ディズニーランド」 と揶揄する向きもあるけれど、よく考えればマイケルもウォルト・ディズニーも、本質的な部分はまったく変わらないのだ。この二人が異なっているのは、世の良識と妥協できるという社会性の有無と政治力なわけで、そこで評価が天と地ほど違ってしまうというのが面白い。妥協しつつも、一般大衆をおのれの夢の中へ引き込んでしまったディズニー氏の「豪腕の妄想力」 には恐れ入るばかりである。これは常人のなしうることではない。マイケルの妄想が弱々しく開陳されているネバーランドのほうが、私には興味深いけれどね。

乱歩の『パノラマ島奇談』 は忘れられない小説だ。
小学生のころ、父親が通勤の行き帰りに電車の中で読むために買っていた文庫本を、片っぱしから読破していたことがある。なかでも夢中になったのは、乱歩と山田風太郎、筒井康隆であった。息子が読んでいることに気づいた父親は、教育上悪いと思ったのか、戸棚の奥やオーディオラックの片隅に、しまいには三面鏡の引出しにこれらの本を隠すようになった。
(かわいいですね。考えてみれば、あのころの父は今の私と変わらぬ年なのだ)

私はどこに隠されても絶対に諦めず、必ず探し出しては続きを読んだ。
 
11・2才のときに、『パノラマ島奇談』や『押絵と旅する男』、『孤島の鬼』『盲獣』に出会えたことは、その後の人格形成に何がしかの影響を与えたような気がします。父には本当に感謝している。こまった親だ。


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2006/03/18

イチローの言葉は

なんだかよくわからない展開になっているWBCだけれど、開幕当初から飛ばしているイチローの言動が見ていて痛々しい。なぜなら、彼の発する不器用な言葉のすべてがチームメイトに向けられているものだと思えるからである。
リーダーが士気を鼓舞しつづけなければモチベーションを保ちきれないような淡白さを、今回の日本チームに感じてしまう。みないい選手だとは思うのだが、国際試合にふさわしい気概をもっているのは、イチローと松坂だけのような気がしてならない。

『戦国自衛隊1549』 を鑑賞。自衛隊の全面協力も、お金をかけたCGも、脚本の弱さと役者の低劣な演技をカヴァーできないことを痛感した。

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2006/03/16

江ノ島のにゃん

取材で江ノ島に行きました。妻といっしょにロマンスカーにのりました。
シーズンオフなので、片瀬江ノ島行きはガラガラです。新宿駅で意気込んで買ったおにぎりやらおやつやらを2人でむさぼり食っていたら、あっという間についてしまいました。
(写真はクリックすると拡大します)
 
 
 
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高校時代にはバイクでしょっちゅう来ていたんですが、
江ノ島大橋を渡ったのは今回がはじめて。しかし寒い。

 
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江ノ島名物、有料エスカレーター。
「乗って後悔、江ノ島エスカー」 というやつ。
(すみません。私が勝手に言ってるだけです。お年寄りには便利)

 
 
古来、干物のあるところににゃんこありといいますが、ここ江ノ島もその例にもれず、せまい島中ネコだらけであります。江ノ島ヨットハーバー近くの公共施設では、ノラにもかかわらず、妙に毛並みのいいにゃんこたちがおりました。


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むうー。
 
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しょうがない、なでられてやるか。

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ふにゃー。

 
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こっちみるんじゃないよ。

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フン!

 
 
有意義な日帰り旅でした。




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2006/03/13

怪獣に喰われて死んでしまえ

駄菓子屋で売っている点取り占いに書かれていた最も衝撃的なコピー。しかしこれ、占いでも何でもないぞ。子供を罵倒してどうする。

訳あって、特撮映画のリストを作っているのである。

ほとんどは往年の東宝映画である。ゴジラやモスラなど知っている怪獣もいるが、当方とくに特撮映画ファンというわけではないので、見たことも聞いたこともないような連中が大勢いて驚かされる。
史料からタイトルと製作年を入力していると、3文字のカタカナを適当に順列組み合わせで名づけたようなマイナー怪獣たちの名前が頭がめぐり、だんだん意識が朦朧となってきた。『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』 で脱力し、『ゲゾラ・カニメ・カメーバ 決戦!南海の大怪獣』 に至ってついに心身共にグロッキー、巨大なイカゲソが目つきの悪い大ガメをぽかぽか殴りつけているスチール写真を眺めているうちに無常を感じ、水割りをつくりに台所へゆく。
 
 
原彬久『戦後史のなかの日本社会党 その理想主義とは何であったのか』(中公新書) を読了。ベクトルは違えど、この政党に一貫していたオール・オア・ナッシングの思想は、2ちゃんねるあたりで執拗に他国を叩くお兄ちゃんたちの思考と似ていて面白い。

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2006/03/12

昭和30年代の新聞記事

図書館にある新聞の縮刷版で、昭和30年代の記事を調べている。この時代の雑誌は資料としてかなり手元にあるのだが、新聞だけはコレクションできないので図書館の世話にならざるを得ない。

新聞の縮刷版というのは子供の頃から大好きで、そのために私は図書館では勉強ができなかった。ついふらふらと棚に手を伸ばし、昔の新聞記事を何時間も読みふけってしまうのである。
1月分の新聞ががまとまった分厚い本をめくってゆくのは大変だったが、最近は地元の図書館でも古いものからマイクロフィルム化されている。職員にセットしてもらい、モニタを見ながらつまみを回して検索してゆくのだ。楽は楽だが、マイクロフィルムを送るモーターの音を数時間聞いていたら頭が痛くなった。


以下、朝日新聞・昭和35年の記事から。

「宇宙人間サイボーグ 宇宙向きに人間を加工」
「女親分ほか56人逮捕 生地問屋を荒らす」
「オレたちが教授を襲った カンヅメ窃盗団が自供」
「地下鉄工事で火攻め水攻め 御難続きの人形町商店街」
「熱海の裏道は大繁盛 お色気摘発に新兵器」
「シャムネコのかいかた エサにはアジが一番よい」

こういうタイトルをみつけてしまうと、調べ物もそっちのけで読みふけってしまう。もう実に効率が悪いのである。ちなみにお色気摘発の新兵器は、「無電」 であった。

懐古ブームでこの頃の暮らしや社会が注目されているが、まああんまり美化するのもどうかと思いますね。昭和35年の時点でも、国民の4分の1が栄養不足だったり、赤痢やチフスが流行したり、終戦の混乱で捨てられた子供たちの、親探しの記事が毎週連載されていたりと、なかなか考えさせられるものがあります。

帰宅後、中村真一郎・福永武彦・堀田善衛の『発光妖精とモスラ』(ちくま書房)を読む。福永武彦は直木賞作家・池澤夏樹の父親。 
 

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2006/03/10

The Body Acoustic

教室にヒモが落ちていたので何気なくひろい上げ、あやとりをしてみせたら生徒たちが呆然としている。あやとりといったって、お茶碗とかゴムとか二段ばしごとか、簡単なものばかりである。最近の中学生は、あやとり遊びをしていないのかな。
調子に乗って必殺技、「ナバホインディアンの3階建ての家」 をつくると、生徒たちは感動のあまり卒倒してしまった。

評判のいいシンディ・ローパーのセルフカヴァー、『The Body Acoustic 』 を購入。輸入版なのでデュアルアルバム仕様で、裏がDVDになっている。ちょっと話題になったパフィーとの共演曲は別にどうということもなかったが、サラ・マクラクランと共演している Time after time がすばらしい。

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DVDのビデオクリップを見ていて思ったのだけれど、シンディ・ローパーと松浦亜弥の二の腕はよく似ています。おそらく同年配なのだろう。

 

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2006/03/07

リサイクル雑感

原稿がどうにも進まない。参ったな。

机の脇に転がっていた新書を再読。武田邦彦『リサイクル幻想』(文春新書)という本で、学校の図書室で借りたものだ。
 
この著者は考えは週刊誌などで目にしていて、以前から共感を覚えていた。要するに、「リサイクルのために余分な化石資源を使うのはおかしい」 ということである。石油や石炭、ボーキサイトなどの地下資源は、「遺産型」 の資源であり、水資源や森林のように日々生産されるものではないわけである。これらの資源を使うことなく、燃やせるものは燃やしてしまって、そこから熱エネルギー・電力エネルギーを取り出すことが正しいという考え方だ。
 
熱心にリサイクル運動に関わっている人は、こういう根源的な問題をどう考えているのだろうか。牛乳パックを使ってハガキをつくったりするのは、子供の情操教育にはいいと思うけれどね。

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2006/03/06

ああ、みっともない

民主党、新聞に謝罪記事だそうで。
 
http://www.asahi.com/politics/update/0306/003.html

政権に妙に色気があり、なおかつ自己を客観視できない政党は本当に駄目だなあ。今回の永田議員の芝居じみた質疑と、執行部のドタバタぶりをみていてつくづく思った。このへんは前回の選挙で充分学んだ筈ではないですか。マンション耐震強度問題や、稀代の悪法・電気用品安全法をめぐっての共産党の底意地の悪い、いや舌鋒鋭い追求っぷりを見習いなさい。政権などハナっから眼中にないあの人たちは凄い。
 
ちなみに永田という人、以前自民党のチョンマゲ先生に議院で水をかけられて喜んでいたが、その直後にTVのバラエティ番組に出演し、チョンマゲ先生に浴びせた野次について弁明していたな。非常に下司な、レベルの低い野次を飛ばしたと囁かれていたのである。
立て板に水で喋りつづける永田氏をじっと見据えて、元沖縄開発庁長官・政務次官の立川談志師匠が、「お前ァ嘘をついてるよ。嘘つきだ」 と断言しているのが面白かった。まあ談志もアレだけどね。


ところで、このブログをご覧の方にお願いがあります。
 
昨年にケーブルテレビ(NECO)で放送された日本映画なのですが、次の作品を録画された方がいらしたら、申し訳ありませんがテープをお貸し頂けないでしょうか。現在取材をすすめているテーマの資料として、ぜひとも鑑賞しておきたいのです。

『この旗に誓う』(小杉勇監督、1951年東映作品)

『激闘の地平線』(小森白監督、1960年新東宝作品)

の2本です。ご協力下さった方には、些少ではありますがお礼をさせて頂きたいと思っております。

ご連絡をお待ちしております。どうぞよろしくお願いいたします。

 
 
 

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