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2005/11/28

D200

カメラというものに物質的愛情がほとんどなくなってしまった。以前は家でいじりまわしているだけでも楽しかったのに、不思議なものである。
 
趣味ではなく仕事の道具になってしまったという理由もあるが、やはりデジタルカメラの影響が大きい。いままで長い間、苦労して現像や焼付け作業を(モノクロだけど) やってきたことが空しくなるような手軽さ、コストの安さ。このへんはどう考えてもデジカメの圧勝ですよね。
 
といいつつも、私はまだデジタル一眼レフをもっていないのだ。さすがに雑誌仕事でポジは辛くなってきたので、そろそろ購入しなければと思っていた。ニコンユーザーなので、D70やD50といった普及機を考えていたのだが(デジカメではもう上級機種は必要ない)、11月に入ってD200発売のニュースが。

200

これ、買います。
 
デジタル一眼ではじめて欲しいと思った。どうやら入手は来年になりそうですが。
(市場に出回って、初期不良が出てからのほうがいいのかな)

このカメラを選ぶ理由はただひとつ、ボディのマウントにつけられた露出計連動爪。それだけである。これでマニュアルレンズでもカメラの露出計が動くのだ。
 
私の手持ちレンズ群は、まだ原価償却が終っていないのです。

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2005/11/24

悪夢

山積みされたテストの採点を、いつになく順調にかたづけている。いつもは集中できず、いつまでもダラダラと時間がかかるのに。

最後の1クラスをつけ終わり、幸せな気分で口笛をふいて台所にむかい、グラスに氷を浮かべてウィスキーを注いだところで目が覚めた。ぼんやりとした頭で机に目をやると、まだ手をつけていないテストの山が。

そりゃないっすよ。


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2005/11/21

『ALWAYS 三丁目の夕日』 観ました その2

笑いと泣かせが少々くどい部分もあったが、さまざまなエピソードをバランスよくつめこんだ佳作であった。
ただね、この映画をあんまり持ち上げすぎるのもどうかと。そこそこの出来だったけれど、決して大作や傑作とよばれるたぐいの作品ではないと思うのである。

この映画は何というか、往年の邦画2本立ての裏作品のような印象なんですね。プログラムピクチャーっぽいというか。たとえば松竹映画でいえば、その昔『男はつらいよ』 の併映作として製作されていた、人情系の諸作品のような匂いがするのだ。
 
実際にはプログラムピクチャーというものはこう定義されるらしいが、私は世代的にこのような邦画の全盛期は知らない。私のイメージとしては、職人監督が中堅の俳優を使って、与えられた尺と予算の中で製作する手堅い娯楽映画という感じかな。
これは決してそういう作品を馬鹿にしているわけではないのです。このあたりは、邦画の2本立て興行を知らない若い人には説明しづらいのだけれど、昔はお目当ての映画を観にいって、べつに期待もせずに併映作を観たら、これが意外と面白かったね、ということが結構あったのだ。
 
考えてみれば、今の日本映画ではこのようなポジションの作品は新鮮になってしまったんですね。こういう映画が多く公開されるようになれば邦画の裾野も広がって、と書きたいところだが、今の日本映画は何が裾野だか5合目だが頂上なんだかよく分からないよ。

さて、出演者では女優陣が頑張っていたと思います。薬師丸ひろ子は適役だったし、堀北真希も可愛かった(ふたりとも妙に痩せすぎていないのがいい)。もたいまさこは、あんなにチャカチャカさせなくてもおかしみのあるいい女優さんだと思うのだが。
そして、小雪が実によかった。この人は正統派の美人役より、こういう少々崩れた役のほうが似合っているのではないだろうか。ファンの方には申し訳ないのだが、この女優さんは印象的だけれど、別に美人とは思えないのだ。この人、宿場町の安宿でふてくされてお茶をひいている、妙に大柄な飯盛女みたいなのを演じさせたら存在感がありそうなんだよね。

男優陣はまあまあ。欲をいえば、年配の観客があっと思うような映画全盛期のスターがひとり、老人役で渋い演技を見せてくれたら、非常に締まった作品になったと思う。
 
 

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2005/11/20

『ALWAYS 三丁目の夕日』  観ました その1

府中のTOHOシネマズで、『ALWAYS 三丁目の夕日』 のレイトショーを観る。

昭和初期の東京をCGで再現したという触れ込みの(最近はVFXというんですね)、篠田正浩『スパイ・ゾルゲ』(2003)には大いに失望させられたので(注1)、どんなものかと劇場に足を運んだのである。

 
いや驚いた。よくできていた。

これほど力をいれて過去の風俗を再現しようと努力した作品は、近年見たことがない。
近代建築や古い町並みを追う仕事をしてきたので、映画やドラマの中で再現された日本の昔の風景がどうにも気になってしまうのだ。べつに厳密な時代考証を求めているのではなく、製作者の視点や、その時代への思い入れに興味があるのです。
 
感心したのは、町並みとともにしっかりと空を描いていることだった。セット主体の撮影だと、どうしても開放感に欠けるんですよね。そのうち技術が進歩したら、日本映画でも失われた古い町並みを俯瞰する映像が観られるのだろうな、と以前から期待していたので、冒頭のシーンから溜息ものであった。

一部では、映画に登場する大道具や小道具が古びすぎていてリアリティに欠けるという意見もあるらしい。分からないでもないが、これは作家・山崎貴が再構築した昭和30年代であり、そういった「映画的な嘘」 は構わないのではないかと思うのだ。
たとえば主人公一家の乗るオート三輪、あのタイプは昭和33年にはまだ登場していない。しかし、小型三輪トラックといえば、たいていの人があのクローズド・キャビンのミゼットを思い出すだろうから、いい選択だったと思う。この映画、その手の「映画的な嘘」 が結構あって、それらを見つけるのもなかなか楽しいだろう。
観客に提示する昭和のガジェットが少々多すぎる気もするが、それなりにうまく活用していたように思える。

 
個人的にひとつだけ不満があったのは、子供たちの通う小学校であった。中国地方に保存された古い小学校でロケをしているのだが、あの校舎は擬洋風建築といい、明治期に地方の大工が西洋建築を真似て造った建物なのだ。味わい深い建築だが、文明開化の時代の名残である。
「懐かしい小学校=木造の校舎」 という定型も悪くはないのだけれど、妙に広い校庭とともに、あのシーンだけはどうしても東京の風景とは思えないのだ(注2)。ここだけは「映画的な嘘」 が失敗していると思ったのですが。

 
正直いって内容はどうでも良かったのだが、こちらもまあ破綻なくまとまっておりました。それについては次回。

 
always

 
注1… 『スパイ・ゾルゲ』 に登場した有楽町界隈の風景は、着色絵葉書を切りぬいて動かしているような仕上がりであった。立体写真をビュアーで覗き込んでいるような不安感は、ジュール・ヴェルヌの作品を映画化した往年のチェコ映画『悪魔の発明』(1958)を思わせる。よく考えればそれはそれで面白いのかもしれないが。

注2…  関東大震災の復興事業で、東京の小中学校の多くはアール・デコの意匠をまとったモダンな校舎に変貌しているのである。そちらでロケをしたほうが昔の東京らしさは出たと思います。「古びたアールデコの公共建築」 には、たまらない魅力があるんだけどね。銀座の泰明小など、まだ現存しているものも多いのですよ。

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2005/11/18

信仰と結婚は

本日行われた都知事の定例記者会見は見ものであった。

いい加減な発言によって物議をかもし、間違いを指摘されると「あ、そうなの?」 と無責任に逃げるのがこの人の常套手段だったのだが、歳をとって逆ギレするようになりましたな。差別意識が根底にある教養主義がいかに醜いかということを、実感させてくれる会見でありました。

この人物に興味のある方は、沢木耕太郎『馬車は走る』(文春文庫)に収められている、「シジフォスの40日」 をぜひお読みいただきたいと思う。1975年の都知事選を追った作品だが、沢木が指摘しているこの人の本質は、30年たっても全く変わっていないのだ。 
 
 
 

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おでんくん

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今夜は寒いのでおでんです。NHKの「おでんくん」 を見てたら食べたくなった。

石油ストーブを出したので、仕事帰りにガソリンスタンドで灯油を買う。例年900円台だったのに、10リットルのタンク2つで1400円近い。これじゃ風呂屋の廃業が相次ぐわけだ。
(夏前に雑誌の取材で千住の銭湯巡りをしたのだが、あちこちの店主から原油価格高騰への恨みの声を聞いた。皮肉なことに、近代化をめざして重油焚きにした風呂屋ほど苦境なのだ。昔ながらのマキの店はそうでもない)
 
 

おでんくんで思い出したが、リリー・フランキーのイラストではこれが気に入っています。
 
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『夜明けと未来と未来のカタチ』
THE COLLECTORS

 
 

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2005/11/16

祝賀広告

仕事の出がけに朝刊を開き、昨日の結婚式の記事を読む。

披露宴の写真を載せたページの下に目を移すと、おお、出てる出てる、ロータスカーズの新聞広告。疾走するエクシージの写真の横に、Congratulations! の文字が控えめに添えられている。

ロータスは黒田さんのおかげで一般にもずいぶん知られるようになった。この会社は婚約発表のときにも新聞広告を出していたけれど、今回も「絶対グラビアページの下に」 と指定したんじゃないかな。なかなか好感のもてる広告でありました。

 
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昨日、日産プリンスロイヤルについて文章を書きましたが、この車は皇太后の葬儀以降も、国賓来日の際に何回か使われていたようです。どうも霊柩車バージョンの印象が強すぎたようで、その後の活躍には気づきませんでした。訂正します。
 
 


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プリンスロイヤル登場

サーヤさん、昭和天皇の御料車・日産プリンスロイヤルで式場に向かいましたね。

この車はV8エンジン、排気量6400cc、総重量3t超という大型車で、日産と合併する前のプリンス自動車が、採算度外視で製作したハンドメイドの車。日本唯一の、真のリムジンであった。(注1)
今の天皇陛下は基本的にこの車を使用しない方針をとっていて、今回は嫁にゆく娘への心づくしなのだが、自動車ファンとしてはこの大型車を久しぶりに目にすることができて嬉しかった。老朽化が進み(納車から38年!)、皇室の専用車はトヨタに変更されることが決定している。これが最後の大仕事になるのだろう。
(前回の公式行事での登場は、確か皇太后の葬儀だった。霊柩車に改造したプリンスロイヤルが見納めかと思うと、少々淋しく思っていたのである)

天皇陛下という人、実はかなりの自動車好きでありまして、若いころにプリンスの乗用車を10台近く乗りついでいるのです。皇太子御成婚パレードのときにアドバイスをして欲しかったと思うよ。(注2)


注1… 私見ですが、ボディを伸ばしただけの高級車はリムジンとよべない気がするのです。ルーフが高くないとね。(馬鹿みたいに車体をストレッチしたアメ車は論外)

注2… 宮内庁にロールスロイスのオープントップがなかったので、急遽購入した2ドアのコンバーチブルでパレードしたのである。あれはどう考えてもおかしい、みっともないと、自動車ファンの間で語り草になったものだ。正装し、前席を倒して車に乗りこむ王侯貴族は絶対にいないのだ。

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2005/11/15

町田の女子高生殺害事件

「試験がんばれ」 と声をかけた同級生に命を奪われたのでは浮かばれないよ。

下校中に衝動「なぜ無視、腹が立ち」…男子生徒が供述
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051114-00000103-yom-soci

高校に進学して新しい仲間ができれば、昔の自分を知っている人物が身近にいることを疎ましく感じるのも自然なことで、それも成長した証なんだけどね。

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2005/11/14

東京タワーの根もとで

遠縁の女性の結婚式で、芝公園のホテルへゆく。和気あいあいとしたいい披露宴でした。
 
子供の頃にかっこいいと思っていた親戚のお兄さんがたも既に50代である。みなさん今でも実にダンディなのだが、「禁煙」、「血糖値」、「尿酸」、「人間ドッグ」 と、中華の円卓を囲んで交わされる会話は健康に関することばかりだ。

ほろ酔いの帰り道、東京駅構内の本屋で『PEANUTS スヌーピーの50年』(朝日文庫)を購入。中央線の車内で読んでいたが、いつのまにか寝てしまった。
 
 
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ホテルの裏庭ビュー。
例のオーナー氏が一時期隠れていたとも囁かれるこのホテルも、ずいぶんと年季が入ってきた。ここは往年の東宝映画、なかでも『無責任シリーズ』 でしばしば登場していて、竣工間もない姿を目にすることができるのだ。植木等が浜美枝と待ち合わせたり、クレージーキャッツのメンバーがレビューを見せたりとかね。スクリーンの中ではまだ小さかったエントランス周辺の木々が、今では森のように生い茂っている。 
 


 

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2005/11/12

ジャッカルの日

実家にゆく。妻と母と三人で鍋をつつきながら日本酒を傾け、ゆうべ録画したフレッド・ジンネマンの『ジャッカルの日』(1973) を鑑賞。
ドゴール暗殺を狙う殺し屋と警察との駆け引きを描いた作品で、ドキュメンタリー風のストーリー進行と乾いた描写が緊張感を高めている。暗殺者を演じているエドワード・フォックスが実にいいのだが、近年の映画でみられる大袈裟なキャラクター描写に慣れきっている人には少々辛いかもしれない。かつてのフランス植民地統治と、軍事政権の暗部を垣間見ることのできる傑作である。

わが母、冒頭に出てくるシトロエンDSの行列に大喜び。
「乗っている人たちが一緒に車から降りると、一気に車高が上がるのね」 だと。
 
 
B0009EVIYE
 
 
 
 
 
ブルース・ウィルス、リチャード・ギアの活劇、『ジャッカル』(1997) は、この映画と本質的に何の関係もないです。リメイクだと思うと、はてしなく幻滅するのでご注意。

 
 
 
注  ドゴール暗殺未遂… 1962年に起きた実話である。ドゴール大統領と夫人の乗ったシトロエンDSリムジンが、OASの狙撃者たちによる銃撃を受けた。10数発におよぶ弾丸で2つのタイヤがバーストしたが、ドライバーは車高を上げて猛スピードで現場を走り去ったという。
(この話は、もはやシトロエンの神話的エピソードになっている。ハイドロサスペンションのシトロエンには車高調節レバーが備わっていて、車高を最大に上げると、タイヤがひとつ外れても少々走行できるのです。一度ためしてみたいが、さすがに勇気がない) 

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2005/11/06

『スウィング・ガールズ』 観ましたが

『スウィング・ガールズ』(2004) をTVでやっていたので観る。結構期待していたのだが、タイトルに反してどうにもスイングできない映画であった。
 
これは典型的な「成長の物語」 であるはずなのに、この監督は細かいギャグやエピソードを積み重ねていくだけで、女子高生たちの楽器が上達してゆく過程をほとんど描写しないのである。個々の生徒が練習する短い映像をいくつか挿入するだけでも、かなり印象が変わったと思うんだけどね。彼女たちが楽器と格闘するプロセスを丁寧に描けば描くほど、ラストの演奏での感動も大きくなるのに。
(エンターテインメントは、そういう定番・お約束のストーリー展開でいいのである)

結局、男子高校生のシンクロというファニーな題材で観客を引きつけた『ウォーター・ボーイズ』とは異なり、矢口監督にはジャズという素材だけで勝負する自信がなかったのだろう。そもそも音楽にあまり興味がない人なのかもしれないが。
劇場公開前、出演者たちが合宿して必死で練習しているようすをまとめたドキュメンタリー番組を放送していたが、皮肉なことにそっちのほうが断然面白かった。ビッグバンドは結構好きなので、少々残念である。

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2005/11/05

ハマクマノミくん

トップの写真を変えてみました。波照間島はニシ浜にお住まいの、クマノミのご家族。

彼らの家は水深約3メートルほどの場所にある。毎年こっそり近づき、水中で逆立ちしてのぞきこんでいるのだが、今年はどうやらご機嫌斜めだったらしい。何度もカメラのレンズに体当たりしてくるのである。

おかげで真ん前からの写真ばかりになってしまった。正面からみた魚の顔は間が抜けていて面白い。
 


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(クリックすると拡大します)

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2005/11/04

狂言力ですと

しかし、狂言師をリングに上げるという洒落たアイデアをいったい誰が考えたのだろう。これは本質的に正しいんだよね。試合の間狂言(あいきょうげん) になるわけで。

総合格闘技もプロレスもほとんど知識がないのだが、昨夜の和泉元彌にはちょっと興味があった。ネット上での情報と写真を見るに、相手のレスラーの人たちに助けられて(プロはすごい)、和泉氏はなかなかいいパフォーマンスを見せたようだ。なんのかんのいっても、この人はやはり役者なんですね。こういう徹底したエンターテインメント性は、昔からのプロレスファンには受けないのかな。

試合を見ようと楽しみにしていたら、どこもTVでやっていないじゃないの。各局ともあれだけワイドショーで彼を利用しまくったんだから、仕事をしているところも放送してやれよ。

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