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2005/10/30

ニコンFのおまけ

 
グリコのおまけについていたカメラのミニチュアが、本棚のすきまから出てきた。

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これは食玩ブームのなかで唯一欲しかったもの。なかなかよくできていて、フラッシュバルブの傘もついていたんだけど、どこへいったかな。

 
アップで見てみましょう。
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細部まで実によく再現されています。というのは嘘でして、こちらは実物。40年近く前に父親が買ったものです。形見になってしまいましたが。
 
 
このカメラではずいぶん練習させてもらった。露出計などついていないから、空と被写体を見て勘で絞りとシャッタースピードをあわせるのである。子供のころはそれが当たり前だと思っていたので、メーターつきのカメラを手にした当初はかなり違和感を感じたものだ。
 
サービスセンターで定期的に点検してもらっているが、現在もすこぶる快調である。電気的な部分がないので、壊れるところが少ないんでしょうね。
 
いいかげんに仕事用のデジタル一眼を買わなきゃいかんなあ。


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2005/10/28

田無で飛行機事故

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051028-00000085-mai-soci
 

近所の学校に飛行機が不時着したというので、買い物の帰りに見に行った。現場はわが家から車で7・8分のところにある都立高校である。このあたりは旧田無市で、現在は西東京市という気宇壮大な市名を名のっている。
 
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この学校、周囲は植えこみがあって、あまり校庭が見えません。
機体にはシートが被せられ、警官が手持ち無沙汰に佇んでいる。
今夜は寒かろう。


どうやらエンジンの不調による緊急着陸らしい。ゴー・アラウンド(着陸復航)はできなかっただろうから、一発勝負、かなり急角度で降下してきたはずである。校庭では部活をしていた70人ほどの生徒のうち、逃げる時に転んで軽いケガをした生徒がひとりいただけで、大半はうまく逃げたようだ。さすが運動部員ですな。

調布飛行場が近いためか、多摩地区ではときどきこういう事故が起こる。大事にいたらず何よりであります。

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2005/10/27

楽天対東京放送

舞の海の人相を悪くしたような、三木谷氏の記者会見を見て感じたこと。正直いって、この人には「旅の窓口」 を買いとってズタズタにした会社の社長という程度の印象しかない。

今回の会見では、先だってのホリエモン氏と同様、

「インターネットとテレビの融合」 

というビジョンを力説していた。私にはこれがさっぱり理解できないのだ。そもそもテレビというのは徹底的に受動的なメディアだからこれだけ普及したわけで、日々ぼんやりと画面を眺めている大多数の人々が、今さらテレビに双方向性なんぞ求めているわけはないでしょう。
(テレビ側の人々の鈍感さも気になる。以前、報道ステーションにホリエモンが出演した時も、古館はこの漠然としたビジョンにふんふんと頷くだけで、まったく疑問を口にしようとしなかった。かりにも数十年、TV畑を歩んできた人間だろうに)
 
実際のところは、TBSの資産であるコンテンツが欲しいだけなのだろうな。
ネットビジネスに関わる人たちのメディア観というのは、何か大きな勘違いをしているように思えてならない。例えは悪いが、2ちゃんねるの書きこみと論法が世間一般の意見のように錯覚している、一部の若い人たちみたいなんだよね。
 
 
maru_2
 
『丸ビルの世界』(かのう書房)を再読。丸の内ビルヂング竣工時のガイドブック、「安全第一ビルヂング讀本」 が収録されている好著。丸ビルも新丸ビルも、もはや思い出の彼方である。
 

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2005/10/26

合唱コンクール その2

合唱コンクールの話の続きです。

インパクトの強い曲をもうひとつ思い出しました。戦争で命を落とした幼い妹を歌った、『木琴』 という曲だ。

 
妹よ 妹よ
今夜は雨が降っていて
妹よ 妹よ
お前の木琴が聞けない
 
ではじまる歌。この曲のハイライトは次の部分である。覚えはありませんか?

あんなにいやがっていた戦争が (戦争 戦争 戦争が)
あんなにいやがっていた戦争が (戦争 戦争 戦争が)
戦争が (戦争が)
戦争が (戦争が)
戦争が (戦争が)
戦争が (戦争が)
 
おまえと木琴を 焼いてしまった


最後の部分は当然フォルテシモで、情感を込めて歌います。
 
哀しい内容で実に感動的なのだが、この曲が何クラスも続けて歌われると、もうげっそりするんだよね、これが。こういう絶唱系の曲を何度も聞くのは辛いものです。合間に『ドレミのうた』 だとか『オー・シャンゼリーゼ』 なんぞを歌うクラスがでてくるとほっとしたものだ。


私は正直いって、詩という文学形式がよく分からない。あれは本来どのように鑑賞するものなんですかね。
いい作品を黙読すると涙がでるほど感動するのだが、朗読したり曲をつけて歌われたりしたものには、どうにも違和感を感じてしまうのである。ねじめ正一や谷川俊太郎が、「詩のボクシング」 と称する朗読イベントをやっているけれど、あまりいいとは思えなかった。
 
『木琴』 で何度も繰り返される戦争という言葉、これは混声合唱のアレンジであって、金井直のオリジナルの詩とはかなり異なっている。TVの美術番組などで、BGMにあわせて恣意的に絵画の一部をアップにしたりフレームを動かしたりすることがあって、イメージの押し付けに辟易することがあるが、どうもそれに近い印象を受けるんですね。こういう方法は何だか嫌だなあ。

私はべたべたしていない元詩のほうが好きだ。金井直の詩集は各社から出ていますので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

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2005/10/22

合唱コンクール その1

文化祭のシーズンです。

中学・高校の文化祭には、たいてい合唱コンクールというイベントが付随していますね。最近はわりとポップな曲も増えてきたけれど、昔ながらの『大地讃頌』 や、『モルダウ』 といった名曲も健在で、毎年これらの歌声が学校に響くようになってくると、秋の深まりを感じる。

記憶に残っている方も多いと思うが、公立の中学校では、たいてい体育館の舞台で行なっていた行事だ。ところがここ数年、近隣の公共ホールを借りる学校が増えてきた。
こういう場所は、昔は文化祭の行事程度では利用させて貰えなかったような気がするのだが、最近は少し事情が変わってきたようだ。やたらと豪華な施設を造ったものの持て余している自治体が、住民から文句を言われないために稼働率を上げようとしてるんでしょうかね。
 
 
私が中学生のとき、合唱コンクールで『ダムのうた』 というのを歌った。合唱曲というのはときどき妙なものがあるが、これは山の中のダムを描写する内容で、なんだか建設省がつくったような曲であった。うろ覚えだが、こんな歌詞だったような。
 
「コバルトの青空を映し」
 
「鮮やかに澄む水色ー」 「澄む水色ー」
 
「やがてくる放水のためにたくましい力をー たくましい力をー」

「力をー」
 
「たくわえているのかダムー」 

「ダムー」

 
あれは一体何だったんだろうな。課題曲だったので、同じ学年の6クラスがこれをかわるがわる歌ったのである。
 
優勝したクラスは、「ダムの力強さがよく出ていた」 そうだ。

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2005/10/21

新型スカイライン

今年のモーターショウで展示される次世代のモデルは、こんなスタイルだそうな。
 
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うーん、日産のスカイラインというのは、基本的にファミリーセダンだと思っていたので、どうにも違和感を感じるなあ。この車はスーパーカーでもスポーツカーでもないところに面白さがあったのだが。
 
ファンの方には申し訳ないが、私にとってスカイラインという車のイメージは、「野暮ったさ」 なのである。角ばったデザインと妙に大柄で重そうなボディをもつ、冴えないセダンという印象が強いのだ。だからこそ、高性能のエンジンを積んだ一部のモデルが輝いていたんじゃないかな。プリンスGTBの時代から。
近年は若い人でも平気でローンで組んでGTRなんぞ買いますが、昔のふつうのお兄ちゃんたちは、そんな車に手が出やしません。おのれの夢をハイエンドの車種に託して、通常モデルを、ときにはエンブレムを換えたりして乗りまわしていたのですよ。
長いあいだ対米輸出をせず、基本的に国内向けモデルだったという点も、何というか日本人のある種の感性にマッチしていたような。

何だか実に高度成長期っぽい話ですね。そのへんの長い長いしがらみを断ち切るために、あえてこういうスタイルにしたのかな。
 

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2005/10/18

パシフィック・リーグの覇者

学生時代、狭山の某スタジアムでアルバイトしていたとき、ペナントレース終了直前に仲間と何気なく話したことがある。20年ほど前のことだ。

「ヒロオカ、日本シリーズのバイトやるんだろ?」
 
「もちろん。試合後の清掃もやろうと思う。全試合」
 
「うわあ、稼ぐねえ」
 
友人は秋空にたなびく鰯雲を見上げながら続けた。 「しかしさあ、考えてみたら、俺たちは恵まれてるよな。毎年シーズンが終ってもまだ金を稼げるもん。川崎球場でバイトやってる連中は、9月でもう仕事が終りだもんなあ」
 
 
ビジターで迎えたあのころのオリオンズの面々を思い出す。グラウンドを駆ける愛甲、日曜のデーゲームでマウンドにのぼり、まぶしい陽射しの下で黙々と投げつづける村田。園川、袴田、上川、リー。
実に懐かしい。いいチームだったけれど、どうしても優勝には縁がなかった。川崎球場をPRするテレビCMを流して話題になったのはいつだったか。
 
 
ゆうべは久々に野球中継で興奮した。おめでとう、ロッテ。
 
 
 

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小泉首相の靖国参拝雑感

昇殿せず、記帳もしなかったという点で逃げ道をつくりましたね。これは大きな意味をもつと思います。とりあえず中国・韓国首脳へ配慮はしているんだよね。彼なりに。
靖国参拝を繰り返すのだったら、もっと欧米諸国へ積極的な説明が必要だろう。「ヒトラーの墓を詣でるようなもの」 と言い放った野党議員がいたけれど、実際その程度にしか理解していない国のほうが多いでしょうよ。
 
そうそう、いつも思うのだが、靖国がいわゆるA級戦犯の合祀をやめたとしたら、中韓はどう対応するんですかね。儒教的というか、朱子学的・大義名分論的に。
 
あの施設のかかえている問題点はもっともっと根深いものなんだけど。

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2005/10/15

またまた車の修理

車の乗り心地が非常に悪くなってきたので、修理工場へもってゆく。

わがシトロエンBXのサスペンションは独特なもので、いってみれば油圧を併用したエアサスである。4つの車輪に、窒素ガスが充填されたハンドボールほどの玉がついていて、エンジンをかけると、この玉とサスシリンダーにポンプでオイルが送りこまれ、えーと、もう説明が面倒くさいので省略。とにかくバネは使ってないのです。
 
玉の中のガスが抜けると交換である。前回の交換から4万キロ近く乗っているので、まあ寿命なのでした。このパーツはだいたい3年から4年ごとに取り替えなければならない。取り寄せたパーツを持ちこみ、いつものように埼玉は行田の修理工場に行くと、1時間ほどで作業を終らせてくれた。
かかった費用は部品代をいれると4万ほど。この工場は工賃が安くて助かるが、それでも毎年サスペンションのメンテナンスに1万程度かかっている計算になる。考えてみれば、普通の車はサスなんていじらないよね。
 
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ストラットタワーに取り付けられた、スフィアと
よばれる緑の玉。これをを5つ交換します。
作業自体はそれほど難しくない。

 
 
工場からの帰路は、魔法の絨緞のような乗り心地が復活。あと2~300キロ乗ると、さらに柔らかくなる筈だ。ハイドロ・シトロエンの醍醐味である。
 

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2005/10/13

橙色の中央線 その2

私がはじめて一人で中央線の電車に乗ったのは、小学1年の夏休みだった。最寄駅から一駅のところに叔父が住んでいたので、泊りがけで遊びに行ったのである。
母から貰う交通費は100円玉ひとつ。バス代が30円、電車は初乗りで10円だったから、往復で80円しかかからなかったのだ。もっとも、帰路はおこずかいを貰えるのでふところが暖かくなっていたのだが。

電車の切符を買い、駅の構内に入るのも最初は妙に緊張したものだ。あのころの券売機は大人用と子供用の押しボタンが分かれていて、子供用のボタンは蝶番のついたプラスティックの板で覆われていた。「こども」 と書かれたクリーム色の板を持ち上げてボタンを押すと、真ん中に赤インクで小の字が印刷された切符が出てくる。切符を握りしめて改札口に向かうと、たいてい帽子を斜めに被ったパンチパーマの若い駅員がいて、ふてくされたような表情で、ちゃんちゃんちゃんちゃんとハサミを鳴らすのだ。
 
昔の中央線の電車は、外側の橙色は今と変わらないのだけれど、車内の色が違っていた。壁もドアも緑色だったのだ。地方を旅行すると、ずいぶん昔の電車に遭遇することがあって、やはり車内が艶がかった緑に塗られていて懐かしさを感じることがある。東宝映画の社長シリーズや無責任男のシリーズで、森繁久弥や三木のり平が行くクラブや、植木等の勤めるオフィスの壁が同じ色で塗られているのを見ることができる。あのペイントは流行していたんですかね。
 
 
TKY200510050072

来年からこんな電車になるそうです。
今の橙色一色のほうがいいなあ。

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2005/10/10

橙色の中央線 その1 

武蔵小金井駅前のデパートに買い物へゆく。
 
中央線は高架工事がすすみ、駅周辺や沿線の風景がここ数年で一変してしまった。ここも以前は古いなりに趣のある駅だったのだが。
改築前は、ホームの東京寄りにあった年代物の跨線橋の下で電車を待つのが好きだった。柱に古いレールが使われていて、よく見ると厚く塗り重ねられたペンキの表面に、「US STEEL 1901」 とか、「BARROW STEEL 1881」 といった刻印を読み取ることができて面白かったのである。US STEELは鉄鋼王として知られるアメリカ・カーネギー社、BARROW STEELはイギリス・カンバーランドの会社。おそらく中央線が開業したころの線路を再利用していたのだろう。家に帰ると年表を見て、いつごろのものか調べたりしていた。
戦前に建てられた南口の駅舎も、もう取り壊し寸前である。

中央線に新しい電車が導入されるそうですね。今走っている橙色で正面が黒塗りの電車は、私が中学校のときに登場したものだから、もうかれこれ25年以上も走っているのか。新車は他の路線と同じように、ステンレスかアルミ製の銀色の電車になってしまうのだろうな。

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2005/10/07

NHK『ハルとナツ』 感想 

NHK放送80周年記念ドラマ、『ハルとナツ~届かなかった手紙~』 を5夜連続で鑑賞。こういう歴史翻弄モノのドラマはつい見てしまうのだ。しかし橋田壽賀子という人は凄い。もう80歳でしょ。

さて、今回のドラマで興味深かったところ。
 
 
テンポの速さ
話の進み方が早いこと早いこと。1年続いた『おしん』 と違って、戦前から戦後までの人生、それも2人分をたった5回で終わらせるのだから大変である。大河ドラマの総集編みたいだ。登場人物がみんな長患いすることなくポックリ死ぬのも、話を停滞させないためなのだろう。バアさん編のシークエンスは、もうすこし切り詰めてもよかったのでは。

勝ち組の描写
一緒に見ていた妻に、「南米の移民や強制収容所の民間人には、敗戦を信じない人たちがおってのう」 などと説明していたのだが、ハルのおやじがそんな感じになってきたので期待して見た。経済的問題もふくめ、現実はもっと壮絶な対立に発展したのだけれど、まあ雰囲気は出ていたと思う。村田雄浩が好演。

テロップ
視聴者を混乱させないためか多用していたが、人名以外にも「天皇陛下の赤子」(注) なんてセリフにもテロップが入っていた。少しは説明しないと若い人はわからんのではないか。

米倉涼子のでかさ
かわいいらしいブラウスを着て畑の間をどすどす歩く姿が印象的。プロポーズしてきた男が小柄なのでよけいに目立ってしまったが、終盤にさらにでかい高島兄ちゃんが登場したのでほっとした。米倉さん、なかなか頑張っていたのではないでしょうか。
 
ハルの少女時代を演じた子役
ハの字眉毛の子。あんな顔の子をよく見つけてきたものだ。よく見ると藤田朋子に似ているので、橋田ドラマで親子役でもやればいいかもしれない。

石橋凌
何をやっても石橋凌。あいかわらずキバりすぎ。

 
作品の出来不出来はともかく、やはり民放と比べると金のかけ方が(かけどころというか)違いますね。
 
 
 
注… 天皇陛下の赤子(せきし)  儒教思想の日本的解釈の好例。天皇に尽くすことは、「忠」 の精神の発露ですね。忠君愛国ってくらいですから。でも他人である天皇のために戦争に行って、実の親より先に死んでしまったら親不孝者になってしまい(逆縁といいますが)、「孝」 の精神に反します。だから天皇を親として、「親のために命を捨てる」 という概念をつくりあげたわけ。近代日本の、とくに戦時中のドグマとして紹介されることが多いが、こういった外来思想の取捨択一と改変は日本の伝統でもあるので、とくに珍しいことではない。


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2005/10/04

学園祭の季節

近所にある大学の学生たちが、学園祭のバザーに出品する不要品を募って近隣を駆け回っている。毎年恒例の光景だ。

あまりこういうことを言いたくないが、この大学の連中、揃いの半被なぞ着こんで威勢がよさそうに見えるのだけれど、モノをあげてもしっかり礼が返ってきたためしがないのである。品物を受け取ると下を向き、人の目も見ずに、もごもごと何か呟いて持ち去るだけの学生がほとんどなのだ。そりゃ不要物を持って行って貰っているわけだけどさ、それを売るんだろ君たち。
彼らが配布している不要品募集のチラシもずいぶん失礼なもので、「食料品は不可」 とか、「○○は可」 などとでかく書いてある。善意でモノを提供してくれる相手に向かって「可」「不可」 はないだろうよと思う。

まあ学生相手にカッカしても仕方がない。しかし、自分が大学生のときもあの程度だったのかなと思うと気が重くなる。客商売をしてたから、もうちょっと挨拶はできたと思うけどなあ。

そうこうしているうちに、わが家にもやってきました。ドアをあけると小柄な学生が一人で立っている。
私は彼に品物を手渡した。いただき物で全然使っていないものがあったのだ。それほど安くはないが自分では絶対買わないような商品。処分しようにも売れないが、捨てるのもちょっと、いった類のシロモノである。
 
半被を着たこの学生はにこやかに笑い、「ありがとうございます!」 とお辞儀をした。結婚以来、毎年何かしら寄付をしているのだが、しっかり感謝の意をあらわした学生は今回が初めてであった。 

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ハーラン・エリスンの短編集『世界の中心で愛を叫んだけもの』(ハヤカワ文庫) を再読する。『101号線の決闘』 が秀逸。

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2005/10/02

日本の奇祭

知人の作家、杉岡幸徳さんの出版記念パーティーに出席。

彼は奇祭評論家として知られる人で、今回の本は全国の珍しい祭礼を一挙に紹介した楽しい内容のものだ。

日本各地に残る伝統的な習俗や行事には、明治以降の近代化の中で悪とされ、封印されていったものが多い。本書で紹介されたさまざまな祭礼は、その荒波を乗り越えて現在に至ったものなのだろうが、どれもこれも実に大らかで、ときに怪しげで、何ともいえない魅力がある。残念なことに、こういうのは教科書には絶対載らないんだよね。
 
『珍祭・奇祭きてれつガイド 日本トンデモ祭』(美術出版社)
http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31596613
 

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