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2005/09/29

杉村太蔵議員

「あの妙なおわび記者会見は何だったんだろう」
「なんかさあ、この人怒られてから変になったよね」
「20代であんまり人間できてるのも気持ち悪いんだから、軽薄なままでよかったのに」
「別に立派な人間であることを誰も期待してないんだし」

「料亭に行きたい! なんていいじゃないの。イノセントで」
「先輩議員に連れていってもらったら、それこそ記者会見をして感想をのべてほしいよ」

「しかし、政治家と待合って、もう100年以上の歴史があるよね」
「幕末に勤皇の志士がさんざん利用した品川の土蔵相模も、要するに料亭だしさ」
「密談するならどこぞの会議室でも充分な気もするけど」
「何いってんの。ちゃぶ台がないと、下でお金を渡せないじゃない」
「そうか」

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2005/09/28

ふくろうの本 その3

えー、「死霊が戸を叩く」 というお話です。

北海道夕張のある小学校で、大正時代に起きたという出来事。
学校の宿直室に当直の教員が詰めていると、夜半過ぎに部屋の戸を叩く者がいる。こんな夜更けに誰が、と思って確認するのだが、廊下に人影はない。しばらくすると再びコツコツと戸を叩く音が聞こえる。
毎夜毎夜繰り返されるノックの音に、宿直勤務を嫌がる者が続出する。そのとき、一人の先生があるアイデアを思いつき、同僚とともに実行するのである。

深夜、いつものように扉を叩く音が聞こえる。先生は大声で扉に向かって訊ねるのだ。

「扉を叩く者に申し上げる。あなたは幽霊か、妖怪か、あるいは狐狸の類か。幽霊なら2回、妖怪なら3回、狐狸なら4回、扉を叩きなさい」
 
しばしの沈黙の後、戸を2回叩く音が響く。

「あなた方は何人ですか。人数分、戸を叩いて下さい」 と問うと、3回のノックが返ってくる。こうして問答が続き、廊下にいる何者かが、炭坑労働で命を落としたタコ部屋労働者であることを知る。

「あなたがたは、経文を唱えてほしいのではありませんか。もしそうであれば50回、戸を叩いてください」 

最後にこう訊ねると、戸を破らんばかりの勢いで50回のノックが返される。

先生たちは法要を営むことを約束し、実際に僧が呼ばれて供養をすると、それ以後この怪異は消えたという。そして、この学校の校庭からのちに3個の頭蓋骨が発掘されたということが後日談として付け加えられる。

うろ覚えなので概略ですが、大正時代に北海タイムス(北海道の地方紙。平成10年廃刊)の紙面を飾った事件で、「幽霊問答」 として大きな話題になったそうな。
『わたしは幽霊を見た』 に収録されているいくつかの怪異譚のなかで、この話だけがおどろおどろしくなく、話がきれいに(?) まとまっていて面白かった。
小学生のころは、まだ「タコ部屋」 というものがどういうものか分からなかったが、図書館でいろいろ調べているうちに、北海道開拓の暗部が分かってきて興奮したものだ。そして、そこらの怪談話より数段恐ろしい、常紋トンネル(注)の事件を知ることになるのである。


注 常紋トンネル…  JR石北本線の金華・生田原間に設けられた、500mほどの古いトンネル。明治末期の建設の際、多数のタコ部屋労働者が使役され、リンチや虐待により百数十人の犠牲者が出たという。このトンネルは昔から幽霊の噂が絶えず、長らく人柱の存在が噂されていたが、1968年の十勝沖地震で内壁が崩れ落ち、コンクリートの壁面から人骨が発見された。その頭蓋骨には、生前にかなりの暴行が加えられた跡が残っていた。見せしめのため、瀕死のまま壁に塗りこまれた可能性もあるらしい。

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2005/09/26

ふくろうの本その2 『わたしは幽霊を見た』

前回の続きです。

この本を記憶しているのは、1970年代前半に小学生だった世代だと思われる。ネット上でもときどき話題になっていて懐かしいが、誰もが必ず触れているのが、巻頭ページに載っていた「亡霊の絵」 なのだ。これは昭和20年代、伊豆のホテルに宿泊した医師が、夜中に部屋に入ってきた兵士の幽霊をスケッチしたというイラストである。
 
この絵がね、怖いんですわ。黄ばんだ紙に描かれた稚拙な鉛筆画なのだが、当時の子供たちに強烈な印象を残したのではないだろうか。学校に何回か持って行ったことがあるが、このページだけは見たくないという友人も多かった。
今思えばこの記事が載っているグラビアのデザインもかなり不気味で、添えられた伊豆の風景写真も妙にまがまがしく感じたものだ。

ちなみに、私が少年時代に見てトラウマになった写真やイラストは他にもあった。コティングリーの妖精写真と(森の中で少女の目前を羽の生えた妖精が跳ねまわっている。のちにガセと判明)、フラットウッズの怪物(仏像の光背のようなものを背負った、修道士みたいな宇宙人) である。これらもかなり恐かったのだが、『わたしは幽霊を見た』 の亡霊さんのインパクトには到底かなうものではなかった。

さて、このイラストですが、書名を検索すると最初に出てきます。
本当に1発目でいきなり拾うのだ。何気なくそのページを開いてしまい、もう驚いたのなんの。記憶の引出しの奥の奥にしまい込んでいたモノが数十年の年月を乗り越え、いきなりモニターに大写しになったのである。体が凍りついた。
ヘタな絵だし、「なんだ、たいしたことないじゃん」 と思う人も多かろう。しかしですね、恥ずかしながら私はいまでもちょっと怖いのだ。
気の小さい人はご覧にならないほうがいいかもしれない。
 
 
ちなみに、本の内容はごくごくオーソドックスな怪異譚である。一番記憶に残っているのが、「死霊が戸を叩く」 というタイトルのついた、北海道の学校で起こったという不思議な話だ。この話はなかなか面白いので、紹介したいと思います。

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2005/09/24

ふくろうの本

1970年代の前半に、「少年少女講談社文庫」 という児童書が発刊されていました。背表紙の色でジャンル分けがされていて、たしか小説は赤、伝記は緑、図鑑形式の本はオレンジで、ノンフィクションは青だったかな。かなりの冊数が出ていたと思うんですが、なぜか4・5年で書店から姿を消してしまいました。
今思えばわりと良質なシリーズ物だったような気がします。本をもったフクロウの絵がトレードマークだったので、ふくろうの本とよばれていたような。


小学生のころに買ってもらった本を思い出してみました。

少年少女太平洋戦争 たしか全6巻
(なんと著者は山岡荘八。児童向けに書き下ろしたものらしい)

宝島
(ご存知スティブンソンの名作。海賊たちの生活が怖い)

透明人間
(H.G.ウェルズの古典。ラストが暗かった)

地球さいごの日
(F.ワイリーの滅亡モノ。もうひたすら暗い)

エジソン
ライト兄弟
(どちらも偉人伝の定番。ついでにいうと、伝記というものが「都合の悪いことは書かない」ということを教えてくれた本でもある)

戦艦大和のすべて
(最近再びスポットがあたっている戦艦大和ですが、当時の子供たちはこういう本でデータを収集していたんです。小松崎茂のイラストが熱い)

 
こんなものだったかなあ、本棚の1段はこのシリーズで埋まっていたから、もっともっていた筈なんだけどなあ、と記憶をたどっていたら、


ああ、思い出した。思い出してしまいました。30年ぶりに。まいったなあ。
記憶を掘り起こす作業というのは楽しくもおぞましい。

 
 
 
 
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これをもっていたんだ。


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2005/09/23

また東京でオリンピックですか

福岡県と東京都が立候補の意向をしめしているそうな。
いつのことだか知らないが、もし東京に決まりでもしたら、またまたトンチキな開発をすすめるのだろうな。古い町並みを鉄球でぶち壊すシーンから始まる市川崑のオリンピック映画を思い出した。

東京の都知事さんは期待にたがわず、いつもの調子でライバルの福岡をクサしていた。いつも思うのだが、この方が他人の悪口を言うときや、小莫迦にするときの表情は見るに耐えない。
1975年、彼が43歳で都知事選にはじめて立候補したときの様子を、28歳の沢木耕太郎が追っている(注)。実に興味深いルポルタージュで、人は年齢を重ねても本質的な部分では変わらないのだということを実感させてくれる。面白いので未読の方はぜひ。
 
ジェイムスンを呑みながら、山田風太郎の『八犬傳』(角川文庫) を読む。
 
 
 
注…  『馬車は走る』(文春文庫) に収録。
  
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2005/09/22

斜め読み国勢図会

学校で貰った『日本国勢図会』(2005/06版) を読む。この手のデータブックは南京豆のようなもので、読みだすとやめられなくなってしまう。

「運転免許保有者数」 の表によると、7746万人の日本人が車の免許をもってるんですと。成人人口の80%を越えている。そのうち自動車税収の変遷を調べてみたいが、ペーパードライバーの割合はどのくらいなんでしょうかね。

さかんに報道される自殺者の数は、主要死因別死亡数の項に掲載されている。1980年は20542人、2003年は32109人である。2003年度は、20代・30代の死因のトップが自殺なのですね。

ちなみに、日清戦争と日露戦争の戦死者数はそれぞれ13000人と47000人である。
 
「世界のパソコン生産状況」 というデータがあった。2003年度の日本のパソコン生産台数は436万台で、北米もほぼ同じ台数だ。同じ年に中国は約2億台生産してるのね。いやはや。
(中国といえば、最近何かと話題になる日本のODAですが、データをみると無償資金援助より貸付と技術協力の割合が多い。中国人民は援助を知らない、感謝されないと不満をたれる声も大きいですが、貸付金をものすごい勢いで返済しているというのも事実で、私はそっちのほうが気になる)

 
まあ、何の数字を見てもふーん、ふーんと感心するだけなんですが。

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2005/09/20

旅と一眼レフ

ここ数年、八重山旅行に一眼レフのカメラを持参するかどうか悩むことが多くなった。

行っている島は毎年同じなので、撮影したかった風景は大体撮ってしまったんですよね。水中写真はデジカメだし、これでスナップ写真も撮れてしまうし、ニコンのF4とかモータードライブとスポーツファインダーをつけたF3とかを(こいつが馬鹿馬鹿しいほど重い)、持っていく必要があるんかということである。ポジフィルムは高いし。
出発前、カメラをバッグに入れたり出したりすること4回におよんだが、結局荷物の中に入れておくことにした。もっともレンズはズーム一本だけで、三脚ははじめて家に置いていったけれど。

さて、本日現像が上がってきました。36枚撮りのプロビアを10本ほど持っていったのですが、撮影したのはカメラに残っていた1本だけ。それも前半20数枚が取材のときの写真で(今回の旅と関係なし)、八重山の写真は4枚でした。以下、その内訳。

宿の玄関の写真
宿の隣にひろがる畑の写真(部屋の前から)
宿のおじいの写真(部屋の横で)
宿の自転車置場の写真
 
 
あー、やっぱりもう次回は持っていくのよそう。

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2005/09/19

チャーリーとチョコレート工場

府中のTOHOシネマズで、『チャーリーとチョコレート工場』のレイトショーを観る。

この映画館は京王線・府中駅前の複合ビルに入っているシネコンである。夜なら自宅から車で15分程度なので、以前から行ってみたいと思っていた。立体駐車場に車が入れられず(車高が下がるので)、「今回だけですよ」 と念を押され、商品搬入口に車を停めさせてもらう。連休の中日なので混んでいるかと思ったが、意外にもガラガラであった。

いや、面白かったです。ジョニー・デップの怪演はあいかわらず好調で、デップの演技をマイケル・ジャクソンのパロディと勘ぐる向きもあるけれど、ストーリーとしては幻想文学の王道をゆく内容である。小学校の頃に江戸川乱歩の『パノラマ島奇談』 を読んで以来、私はこういう妄想世界を覗き見るストーリーが大好きなので、最後まで楽しんで観ることができた。とってつけたような教訓譚も笑えるが、全然懲りているように思えない子供たちが実にいい。

ただ、ロアルト・ダールの原作が児童文学ということもあるが、C・J・フィニィの『ラーオ博士のサーカス』のような本格的な地獄巡りを期待すると少々肩透かしを食う。ティム・バートンいう人の作風は、ファニーではあるけれど毒や悪意はわりと希薄なんですよね。そこがいいともいえるし、少々物足りなさを感じるところでもある。
 
『シザーハンズ』でのヴィンセント・プライス同様、今回はクリストファー・リーが登場していて、この監督のゴシック・ホラーへの愛情が伝わってくる。あれ以上ウォンカと父親のエピソードを強調すると話が散漫になってしまうのだろうが、個人的にはもう少しリー御大の活躍が見たかった。

 
原作者ダールは『007は2度死ぬ』(1967)の脚本も手がけているんですね。ジェイムス・ボンドが日本で活躍する例の作品である。あの映画を見る限り、40年前の日本は欧米人にとってウォンカのチョコレート工場のようなものだったのだろう。

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2005/09/18

ホワイトバンドプロジェクト その後

ここへきていろいろ叩かれ始めていますね。ホワイトバンド。集まった資金が貧困層に渡るわけではないとか、募金をよそおった政治活動にすぎないとか。

あのアクセサリーを購入することによって、第三世界(ってもう言わないか)の国々への問題意識をほんの少しでも持つことができたなら上々でしょう。騙されたと怒るなら、その人はそれで少々成長したわけで、別に大騒ぎするほどのことではないと思います。
大体、みんなでおんなじ腕輪するなんて可愛らしくていいじゃないですか。世の中にはもっとあざとく、あさましい方法で資金集めをしている団体がいっぱいあるわけですから。
  
私がこのムーブメントに違和感をもった点はただ1つでして、それは例の指ならしなのであります。あれだけは本当に嫌なのです。
 
7月初旬にこのブログに書いた文章を再掲します。
 
 
ホワイトバンドプロジェクトだそうです。3秒に1度、指を鳴らすんだそうです。そうですか。

CMを見る限り、注目を集めるという点ではまあ優れた方法なのだろう。しかし、子供たちの死をあのように表現できる神経が全く理解できないよ。あの大陸を食い物にしていた人々が考えそうなやり方ではある。
WTCやキングスクロスの駅で命を奪われた人々を、彼らは同じように記号化できるのだろうか。そして日本人のタレントやスポーツ選手が神妙な顔をして、その真似をする必要があるのかね。

あの人たちの先祖はその昔、同じように指を鳴らして黒人の召使を呼んでいたのだろうけどね。 
 
 
あー、あのCMのみどころは、中田でも北島でもなく、やっぱり村上龍ですな。
(こういう場所で何かと登場するドラゴンには感心するよ。いや本当に)

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2005/09/17

これは文房具なのか

プラチナのソフトペンを2回ほど紹介したら、キーワード検索で訪問して下さる方が絶えないので驚いている。文具ファンの人って多いんですね。
ほかにも何か気のきいたものはなかったかしら、と引出しを引っかき回していたら、一番奥からこんなものが出てきました。

s-DSC05317

これ、ポインターペンっていったかな。先っぽの白いカバーをとると、インクの出が悪いボールペンがついています。
妙な話だが、これをいつ買ったのか全然記憶にないのである。引越しのときも捨てずにとっておいたものなので、もう20年以上引出しの奥に入っているのではないだろうか。

私はその昔、文房具を見るのが好きな子供で、小学校の帰りに近所の小さな文具店に寄っては、何を買うでもなく店内を歩き回っていた。なかでも商品棚の側面に下がっているさまざまな小物が気に入っていて、いつまでも飽きずに眺めていたことを覚えている。この場所には、西ドイツ製の鉛筆削りのような小型文房具のほかに、小さな瓶に入った夜光塗料とか、きび細工のセットだとか、点取り占いとか、文具というより明らかにおもちゃに近い商品が並べられていたのである。
人を刺すと刃がひっこむプラスティック製のナイフや、相手の指をはさむイタズラ・ガムなどが置かれていることもあった。子供たちの集まる学校の近くの文具店というのは、半ばおもちゃ屋のようなものだったのだろう。
(すぐ飽きるのは自分でも分かっているのだが、子供のころはこういうものがときどき無性に欲しくなったものです。小づかいをはたいて買って帰ると、たいてい親に怒られるか馬鹿にされた)

このポインターペンもここに下がっていることが多かった。実際、買うのはほとんど子供だったのではないだろうか。別に何か指し示すものがあるわけでもなく、伸ばしたり縮めたり振り回したりして遊んでいたのだ。今思えば、子供たちのギミックへの興味と、大人の使う道具への漠然とした憧れを満たすちょうどいい小道具であった。

 
ちなみにこのポインターペン、大人になってから使っているかというと、実は仕事では一度も活躍したことがないのです。黒板を指すくらい、どう考えても指先で充分なんですよね。
 
 
 
s-DSC05316

職場近くの玩具店で売っているのを発見。
しかし、この商品は私が小学生のころからまったくデザインが変わっていないなあ。黄色い台紙と、そこに印刷されたロゴやイラストも昔のままだ。一体どれくらい売れているのだろうか。実に不思議である。


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2005/09/15

シトロエンD5

s-1
 
うわーっ。
 
 
s-2
 
うわーっ。うわーっ。

 

 
2012年に販売する? ほんとかなあ。

いちおうリアタイアをスパッツで覆ってますけど、
後輪のトレッドが狭くないので、何かバランスが悪いですな。
頭でっかち、後ろすぼまりが昔のシトロエンの味なのに。
(ホンダのインサイトがいまひとつカッコ悪いのも、そのせいだと思います)
 
でもねえ、これ買うなら中古のDS買う。
 
 
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s-ds


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ガストのソーダ

今年は学校の移動が激しく、のんびり昼食を食べるヒマがない。3時間目と4時間目の間、11時前に昼食をとることが多くなった。私は朝飯を食べないので、この時間でもおいしく食事がとれる。

最近は学校の近所のガストに入り、モーニングメニュー(11時までモーニングが頼める) ばかり食べている。これが実に安く、360円でトースト1枚とゆで卵、そしてドリンクバーの飲み物がついているのだ。

いつもコーヒーばかりだが、あまりの暑さに今日はコーラを飲むことにした。コーラやらオレンジジュースやらをグラスに注ぐ例のベンダーを見ると妙なボタンがあるのを発見。「ソーダ」 と書いてある。あれ、炭酸水が出るのか。
私は炭酸水は好きだが、炭酸の入った甘い飲み物は苦手なのだ。氷の入ったグラスにソーダ水を注ぎ、レモンのスライスをいくつか絞ってレモンソーダをつくってみた。こりゃいいや。

「ソーダ」 のボタンの隣には、「シロップ」 というボタンもありました。いろいろ工夫して飲み物がつくれそうだ。ウィスキーのロックを頼んでハイボールにしてみようかな。


昨日の文章で、週刊タイタニックをデアゴスティーニと紹介しましたが、詳しい方から間違いを指摘されました。タイタニックは別の会社だったみたいです。失礼いたしました。

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2005/09/14

週刊戦艦大和だって

角川映画『男たちの大和』 がまもなく公開される。尾道に実物大の戦艦大和のオープンセットをつくってみたりと、けっこう話題を集めているようだ。内容はともかく、久しぶりにハルキ様の映画製作にかける誇大妄想力が爆発しまくっていて、それでいてやっぱりどこかちゃっちいところもあって、80年代の角川映画に親しんだ者としては見ていて実に楽しい。

映画に便乗したのか、デアゴスティーニがタイタニックに続いて、戦艦大和の週刊模型本を出したようだ。ドールハウスやミニカーなど、書店の平台に山積みされる例のシリーズである。90号までコツコツ買って部品を組み立てていくと、再来年の夏ごろには全長1mの大和が完成するのだそうだ。全号購入すると10万円を越える。
これ、売れているのだろうか。プラモデルが趣味の人はあまり手を出さないだろうし、仕事を退職して時間のあるお父さんがチャレンジするんですかね。

小学校6年のころ、友人と2人で軍艦の模型をつくるのに熱中したことがある。実物の700分の1のサイズで、船底がなく机の上に置くと海に浮かんでいるように見えるプラモデルだ。私は日本の軍艦を、彼はアメリカ海軍の軍艦をつくっていた。
ところが、彼のほうが予算が潤沢だったのですね。おまけに高校生の兄貴と共同で建造にはげんでいたので、あっというまに海軍力に大きな差がついてしまったのであった。私が『二等駆逐艦 松』(定価200円)などというシブい船をつくって喜んでいるというのに(注)、敵は『アイオワ』やら『エンタープライズ』やら、月に2・3隻の割合で戦艦と航空母艦を量産してくるのである。これらの大型艦は当時1000円近くした。軍縮会議を提案したくなるような国力差で、私は12歳にして建艦競争の空しさを悟ったのだった。

今の子供はもう、こういうプラモデルはつくらないんだろうな。先日久しぶりに模型店をのぞいてみたら、このシリーズがまだ並んでいて懐かしかった。値段は数倍になってましたが。
 


注…  やっとの思いで買った虎の子の空母『赤城』 は、部屋の片付けをしない息子に怒った父親の鉄拳で撃沈された。

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2005/09/13

再可決可能に

1986年7月7日の月曜日、御茶ノ水駅前でマイクを握って街頭演説をしているグループがあった。赤軍派だったか(当時はそういう人たちをまだ駅前でお見かけしたのだ)、前日に行われた衆参同時選挙で、自民党が300議席を得たということに悲憤慷慨していたのである。中曽根内閣の時代だ。

自民党が大勝した選挙は、正直言ってこのときしか記憶にない。ただ、当時の衆議院定数は512議席だから、その3分の2は342議席。再可決可能な議席数には達していなかったのである。

今回の選挙の結果、参議院の存在意義は完全に失われた。この4年間で成立するさまざまな法案を、注意深く見ていきたいと思う。

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2005/09/12

選挙に行きましたが

原稿の直しが終り、昨日古本屋で買ってきた山本周五郎の『日日平安』(新潮文庫) を読む。高校時代以来の再読。表題の短編は黒澤明『椿三十郎』 の原案だが、主人公のキャラクターがまるっきり異なる。昔は映画のほうが圧倒的に好きだったのだが、久しぶりに読んだら小説も面白かった。まあ、山本周五郎の時代小説の例にもれず、登場人物が現代人としか思えないのだが。

雨の中選挙に行く。各党のマニュフェストも目を通したが、どれもこれも納得できるものはなかった。利益誘導型の議員に毎回投票する人たちは楽だろうな、と思う。

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2005/09/11

格納庫でお茶を

BXで妻とドライブ。エアコンが快調なのは久しぶりである。前から行ってみたかった、調布飛行場の「プロペラカフェ」を訪問。
 
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調布飛行場は、都内で唯一小型機が利用できる公共空港だ。味の素スタジアムの隣、といったほうが若い人には分かりやすいかもしれない。個人やクラブのセスナが駐機と離発着に利用しているほか、伊豆大島や新島などへ向かう新中央航空の拠点になっている。
ここは戦前、日本軍の飛行場だった。日本の航空ファンでは知らない者のいない、陸軍飛行244戦隊(注)が活躍した場所である。敗戦後はアメリカ軍に接収され、そのころ建てられたカマボコ型の格納庫が10年ほど前まで廃墟になって残っていた。「お化け格納庫」などとよんで、よく夜中に探検に行ったものだ。
 
 

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このカフェは民間の飛行クラブが経営しているようで、格納庫の片隅を区切って店舗にしている。大きなガラス窓からは、滑走路と格納庫の飛行機が見えるのだ。メニューは良心的な価格だし、店の人たちの接客もマニュアルっぽくなくて気持ちが良かった。
空が広く、実に開放的な場所なので、駐車場の脇にでもオープンスペースがあれば最高なのだが。



プロペラカフェ (マリブクラブ)
http://malibu.jp/




注… 飛行244戦隊
太平洋戦争末期、B29の迎撃を任務としていた陸軍の首都防空部隊。
数千メートルの高度を侵入してきた大型爆撃機に対し、武器を降ろして軽量化した一人乗りの戦闘機で体当たり攻撃を行っていた。ぶつかる直前にパラシュートで脱出、降下した町から電車や徒歩で調布に帰ってくるという、信じられない戦いっぷりで有名。
 
私の遠い親戚に、この頃の話をしてくれる老人がいる。

「武蔵境の駅前に、シェンが墜ちてなあ。まっさかさまに」

シェン、シェンと繰り返すので最初は分からなかったが、陸軍の戦闘機、飛燕(ひえん)のことだった。おそらく調布の部隊のものだったのだろう。この爺さん、シェンを学徒動員でつくっていたらしい。 そろそろ西のほうへ旅に出そうな御仁なので、もう少し話をうかがっておこうか。



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2005/09/10

タッキーの義経

大河ドラマ『義経』の再放送、壇ノ浦の戦いの巻を見た。演出はいいとは思わないが、NHKらしく実に金がかかっていることに感心する。

船合戦のシーンではCGも多用していた。このCGってのは、本編にある程度金をかけていないとまるっきり逆効果なんですよね。ここだけ金をかけましたからよく見てくださいという、どうにも貧乏ったらしい映像になってしまうのだ。

以前、週刊文春で滝沢君の義経を批判していた。漢字が分からず、セリフが覚えられないというのである。松平健ら共演者に呆れられたとか、怒られたとか書かれていた。子供のころから忙しく仕事をしていて、学校なんか行くヒマがなかったろうから、漢字もあまり覚えられなかっただろう。何だか気の毒である。

脚本家も困って、どんどんセリフを減らしているらしい。見ていると確かにセリフが少ないし、どれもこれも短い。主役の登場シーンを大幅に減らすわけにもいかないから、

「満月を見上げる義経」
「横笛を吹く義経」
「視線を落とし、物思いにふける義経」
「マツケンらの力んだセリフを、目を閉じて聞く義経」

てなシーンが何度も繰り返され、義経のキャラクターが実に希薄になってしまっている。
タッキーの侍装束は魅力的だし、まわりの俳優たちが盛り上げれば何とかなると思っていたが、もうちょっとしっかりとしたお芝居を見せて欲しいなあ。
それにしても、何もわからない文字の羅列を機械的に覚えていくのは、英語を全然知らない人が、長文の横にカタカナで振り仮名をつけ暗記していくようなものだろう。これを1年続けるのは本当に苦痛に違いない。


昔、SPEEDが全盛だったころ、NHKで彼女たちのドキュメンタリー番組を放送したことがあった。忙しく各地を飛び回る様子を追っているのだが、その時にメンバーの一人(注) が楽屋で漢字の練習をしている姿が印象に残っている。インタビュアーに聞かれ、彼女は呟くようにこう答えたのである。

「漢字を読み書きできないと恥ずかしいし、大人になって困るから」 

しっかりした子なんだな、と感心した。メンバーが中2か中3の頃である。
 
 
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注… SPEEDのメンバーの一人
そのとき他の子たちは遊んでいた。この子だけ大人びているというか、世の中が少し見えているような風情だった。のちにこのグループが解散したとき、この子の言動が原因という報道を見て、ありそうな話だと思ったものだ。

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2005/09/06

ニュー・シトロエン

といってももう結構たつんだけど、DS・CX・XMに続く、シトロエンの新しいフラッグシップがヨーロッパで発売されている。シトロエンC6という大型サルーンである。先日ベネチア国際映画祭のプレミアムで、たけしがこの車に乗って会場入りしていた。

恥ずかしながら、新型のシトロエンではじめて欲しいと思った車です。もちろん高くて買えないですけどね。こんな車です。

s-82800

欲しい理由はただひとつ。以前乗っていた、シトロエンCXに似ているためである。これがいい車でしてねえ。ご紹介しましょう。

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どうです、似てるでしょ。リアウィンドウは明らかにCXのデザインをを踏襲しているんです。リアタイアのスパッツ(カバー)がないのがちょっと残念だけど。
 

ネット上で面白いことを書いている人がいた。このC6というクルマは、

「いつまでもDSだのCXだの言いやがって、新車が出るたびにケチをつけやがって、おまえたちの欲しい車はこ・う・い・う・の・なんだろ!! どうだ! これで満足か!!」

と、デザイナーが逆ギレしてつくった車だというのである。

これには笑った。新型が出るたびにああでもない、こうでもないと文句をいう、旧型シトロエン乗りの本質をついている。
仲間うちでは、「どうせ壊れるだろ? 5~6年したら、初期不良も出尽くして、中古車価格もこなれはじめるかなあ」 などと話し合っているのである。まあ確かにメーカーも腹がたつだろうな。

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2005/09/03

石垣離島桟橋

石垣島ライブカメラというのがあります。

http://ishigaki.net/live/sanbashi/live.htm

以前は市内中心部の交差点の映像だけだったのですが、いつからか離島桟橋にもカメラが設置され、港の風景が見られるようになっていました。ここで港に出入りする高速船を眺めていると、八重山離島ファンのアドレナリンは確実に上昇します。

桟橋に面した建物の上にカメラがあるのを見つけ、東京の友人に電話をしてパソコンで見てもらいました。彼も数日前に奥さんとこの場所にいたのです。
 
s-ishigaki
8月27日午前10時、離島桟橋6番乗り場にて。
 
台風の進路に不安を抱きながら、あんえい78号を待つ。中央にいるのが妻と私。


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2005/09/02

台風13号

8時
風強し、雨まだ。

9時
民宿のとなりのスーパーに買出しにゆく。
今日はお惣菜・弁当類はなし。

10時
雨が本降りに。商店のシャッターはほとんど閉まっている。

11時
大風で街路樹が倒れそう。風速30mを越える。
歩道の植木鉢がどこかへ飛んでゆく。
部屋の窓から漏水はじまる。

12時
暴風雨域に入る。
雨が上から横から下から。
窓からの雨漏りがひどいので、
部屋を替えてもらおうと宿の人を探すが、
宿には私と妻しかいない。どうなっているんだこの宿は。

13時
パトカーが4台、前の通りをサイレンを鳴らして
爆走してゆく。何だ何だ。

14時
はじめての停電。しばらくして復旧する。
Tシャツ、短パンのおじさんが自転車でよろよろと
走っている。超人である。

15時
荒れ狂う暴風。洗車機の中のような雨。
コンクリートの建物なのに、2階は大揺れ。
怖くて部屋におられず、1階のロビーで
原稿を書く。
最大瞬間風速59m。

16時
状況変わらず。原稿を書く。
停電が繰り返されるが、しばらくすると復旧。
そのたびにエアコンを入れなおす。
(我々の宿の地域は、幸いにも長く停電にならなかったが、1日中電気の止まったの地域も多かったらしい)

17時
TVでNHKの「太陽(てぃだ)カンカンワイド」 をみる。
台風情報のテロップが流れっぱなし。

宿のドアや窓が風圧でまったく動かない。

18時
チャンネルを変えたら、懐かしや「いなかっぺ大将」
を放映しているので鑑賞。
そうだ、ニャンコ先生の声は愛川欽也だったんだなあ、
などと考えていたら、いきなり画面が砂嵐に。
アンテナが倒れたらしい。

以後、夜半過ぎまでほぼ同じ天候。
わが人生最大の台風経験でした。

翌日タクシーの運転手氏に聞いたら、

「普通だねー、電柱倒れてないもんねー」 とのことでした。


s-13


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