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2005/07/31

宇宙計画の曲がり角

出版社から頼まれたポジの切り出しで1日潰れてしまう。馬鹿な話で、作業そのものより目的のポジを探し出すのに大変な時間がかかるのである。データや資料の整理をよく考えないと駄目だ。

スペースシャトルの不具合が話題になっている。おそらくこのミッションでシャトル計画も終りだろう。「再利用できて経済的」 とされた宇宙船が、使い捨てロケットより早く終焉を迎えそうなのは皮肉な話である。以前は耐熱タイルを撒き散らしながら豪快に帰還していたのだが。

古本屋でアーサー・C・クラークの『宇宙のランデヴー』『宇宙のランデヴー2』(ハヤカワ文庫)を購入、一晩で読了。

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2005/07/30

散歩写真

知り合いのライター、樋口聡さんが新刊を出版。街歩きと写真撮影の楽しさを語ったいい本です。渋谷に行き、樋口さんの話を聞く会とお祝いの呑み会に出席。

樋口聡 『散歩写真のすすめ』(文春新書)
http://www.bunshun.co.jp/book_db/html/6/60/45/4166604503.shtml

 
s-minasama


 
 
 
 
 
 
 
昔は一眼レフをもってあちこち歩き回ったのだが、最近はどうも面倒くさくなってしまった。神戸市三宮にて。

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2005/07/29

文久3年の遣欧使節団

砂塵の中で記念写真に収まったサムライたち。1864年2月28日撮影。

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これ、新撰組が池田屋を襲撃する4ヶ月前なんですね。
 

文久3年(1863)12月、徳川幕府の使節団34人がヨーロッパに出発した。
欧米諸国との通商が開始されてから5年、物価の高騰と攘夷運動により国内が大きく混乱した時期である。幕府は開港した横浜を再び閉ざす交渉団として彼らをパリに派遣したのである。そんなことが実現できるわけもなく、要は朝廷と攘夷派にむけたポーズだったのだが。

代表は池田長発(ながおき) という26歳の幕臣。この人物はもともと攘夷思想の持ち主だったが、パリ滞在中に彼我の国力の差を痛感し、開国派に転じている。フランス側と会談をすすめるうちに、さらに日本に不利な通商条約を結ばされ(ひどい話だ) 精神を病んだという。大変な秀才で、生真面目・繊細な人物だったらしい。


『写楽』 1981年2月号には、この遣欧使節団のメンバーがフランスの写真館で撮った顔写真が掲載されている。これがみないい顔してるんですね。興味のある方はぜひ探してご覧になって下さい。また綱淵謙錠の遺作、『乱』 には、使節団の行動がかなり詳しく描かれているので、こちらもおすすめ。

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2005/07/28

写楽 その2

往年のビジュアル誌、『写楽』 を集めている。小学館から5年ほど発刊されていた月刊誌だ。
(この雑誌をご存知ない方は、2月14日の日記をご参照ください)

別に熱狂的なコレクターというわけじゃなし、高いお金を出して買わないことをモットーにしていた。しかし、全巻69冊のうち60冊以上揃ってしまうと、もはや古本屋で残りを探すのも面倒なんですね。先日、ネットオークションで出ているのを発見、久しぶりに購入してみた。

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この雑誌、最初の20号くらいは表紙にタイトル以外の文字を
まったく入れておらず、それが実にスマートでした。


1981年12月号である。実はこの号だけは少々訳ありで、数年前まで7~8000円、ひどい古本屋だと15000円近くした。田中美佐子のヌードグラビアが掲載されていて人気があったのでした。
馬鹿馬鹿しいので購入を控えていたのだが、今回1500円で手に入れることができた。彼女も結婚してずいぶん経ったためか、お宝度が減少したんですかね。
(ちなみにこの雑誌は創刊号のほか、ジョンレノンとヨーコが表紙になっている号、手塚理美のグラビアの号などが少々高かった。今はもうそれほどでもないが)

創刊号から2年ほど続いた鈴木明の連載が実に面白く、当時夢中になって読んでいた。のちに『追跡-1枚の幕末写真』(集英社) として単行本になったが、江戸時代末期の歴史写真から、写っている人物を探っていくという内容である。スフィンクスの写真で有名な、幕府の遣欧使節団の話をはじめて知ったのもこの連載だった。

次回に続きます。

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2005/07/26

昔のレコードの値段

ちんすこうでお茶を飲みながら、ハリー・ベラフォンテ(注)のライヴLPを聴いている。

このアルバムは1959年発売。第1集、第2集が発売され、それぞれ1700円である。邦楽CDの値段の高さがよく話題になるが、昔のレコードは比較にならないくらい高価だったことがわかる。当時、公務員の初任給が10000円なのだ。少しでも買いやすいように、あえて2枚組にしなかったのでしょうね。
 
ちなみに、1989(平成元)年まで、レコードには物品税がかかっていました。
 
子供のころ、収録されている「Hava Nageela」 というイスラエル民謡の旋律と歌詞が不思議で仕方がなかった。
(ゴールディ・ホーン主演の映画、『プライベート・ベンジャミン』 の結婚式シーンで、参列者がこの曲を歌い踊るシーンがある。この作品にはユダヤ人コミュニティの描写が結構あって興味深い)
 
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 注…  ハリー・ベラフォンテ (以前、他の場所で書いたものの再掲します) 

1950年代から60年代にかけて一世を風靡した黒人歌手。

1927年ニューヨーク生まれ、母はジャマイカ人。
「デーオ」 ではじまるバナナ・ボートという曲が有名ですが、その他にもカリプソやフォークソング、ジャズナンバーの名演があり、映画でも活躍しました。アフリカの飢餓救済アルバム「We Are The World」 の提唱者となり(もう20年前なんですね)、アメリカ公民権運動のドキュメンタリーで司会をつとめたりしています。もう80才ちかいですが、ブッシュ政権の批判をしたりして元気なようです。 

ここ数日、アナログレコードをひっぱりだして楽しんでいるのですが、母から貰ったこのレコードを熱心に聴いています。1959年、カーネギー・ホールで行われた慈善コンサートのライブ盤です。これ、素晴らしいアルバムなんですよ。「DANNY BOY」「COTTON FIELDS」などは絶品! 
曲の良さもさることながら、お客さんとの掛け合いを含めてレコード化したのが当時としては新鮮だったといいます。CD化されているので、ぜひ一度きいてみて下さい。
(輸入盤が安くておすすめ)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005EI2G/ref=pd_bxgy_text_2/250-2624441-7368252

 
最後に自慢。
うちにあるこのアルバムは、ベラフォンテのサイン入りなのだ。
1960年に初来日したとき、銀座のレコード店に勤めていた母が、リハーサルを見学して貰ったそうな。
  
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2005/07/23

花火見物

妻と待ち合わせ、調布の花火を見にゆく。

この花火大会は例年観客数が20万人を超えるそうで、打ち上げ場所に近い京王多摩川や布田は大変な混雑らしい。人混みは嫌なので、中央線の武蔵境で西武線に乗り換え、終点近くの駅から多摩川の河川敷にむかうことにした。同じ考えの人がかなりいるんじゃないかと思っていたが、駅を降りてみたら私たちのほかに4人だけでした。地震で電車のダイヤが乱れていた影響もあるのかな。帰りに電車が混むことを予想して、往復きっぷまで買っておいたのに。
遠くで打ちあがる花火に向かって川沿いを歩くこと20分、打ち上げ場所から1キロほどのところで見物することにした。
いや、空いてる。まわりにいるのはほとんど地元の人たちのようで、草地に寝転がったりテーブルを出したりして夜空を眺めている。ちょっと寒かったが、のんびりと楽しむことができた。

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花火の写真は難しいです。
たくさん撮れば上手くなるんだろうが、
ずっと撮ってると楽しめないし。


このあたりは子供の頃、川釣りを楽しんだ場所なので懐かしい。クチボソだったかヘラブナだったか、生まれてはじめて魚を釣ったのもここだ。夏休みにはたくさんの人で賑わっていたのだが、いつのまにか釣り人を見ることもなくなってしまった。昔より川はきれいになった気がするんだけど。
 
東京の近くでそれほど混み合わず、トイレ事情のいい大会はないもんですかね。


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2005/07/16

花田秀次郎と申します

妻が出かけてしまったので、ひとりで夕食。無性に牛肉が食べたくなり、スーパーでオージービーフを買ってきて焼いた。ステンレスのへんな皿があったので野菜と一緒に盛りつけてみたら、神田須田町あたりにありそうなB級洋食屋のメニューみたいになって面白かった。ワサビ醤油で味付けしたステーキを食べながら赤ワインを飲み、マキノ雅弘の『昭和残侠伝 死んで貰います』 を鑑賞。ひとりの時はなぜかよくこの映画を観るのである。ボトルを一本空けてしまった。

NHK-BSで、『男はつらいよ』 全作品を放映するらしい。このシリーズは仁侠映画の匂いが色濃く漂う初期の数作が好きだ。
(シリーズ化に伴い、山田洋次はこの匂いを巧妙に消している)

去年だったかおととしだったか、民放でも同じような企画をやっていた。そのときの番組予告で女性アナウンサーが、「イキでイナセな寅さんが…」 などと言っていたので呆れ返った。

あの映画って、ドジで冴えない男が粋で鯔背なつもりになってるところが可笑しいんじゃないか。

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2005/07/10

ホワイトバンドプロジェクト

だそうです。3秒に1度、指を鳴らすんだそうです。そうですか。

http://ssu.cocolog-nifty.com/staffblog/2005/07/__4c22.html

CMを見る限り、注目を集めるという点ではまあ優れた方法なのだろう。しかし、子供たちの死をあのように表現できる神経が全く理解できないよ。あの大陸を食い物にしていた人々が考えそうなやり方ではある。
WTCやキングスクロスの駅で命を奪われた人々を、彼らは同じように記号化できるのだろうか。そして日本人のタレントやスポーツ選手が神妙な顔をして、その真似をする必要があるのかね。

あの人たちの先祖はその昔、同じように指を鳴らして黒人の召使を呼んでいたのだろうけどね。

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2005/07/09

夏近し

ようやく雑誌の原稿と期末テストが一段落。週明けから別の原稿に取り組むが、こちらは取材がないので楽だ。早めに脱稿して単行本の企画をすすめなければ。

実家に泊まりにきている姪のルカとふたりで、近所のファミリーレストランへ昼ごはんを食べにゆく。彼女は小学2年なのだが、口が年々達者になってゆくのが面白い。アリステア・マクリーンを読みながら小学校の話をいろいろと拝聴し、モッツァレラを肴に赤ワインを一本空ける。

AM
『女王陛下のユリシーズ号』 についで好きな作品。
 


女子のバレーボールというのを久しぶりにTVで見る。選手の体型が昔とまるっきり異なっているのに感心した。
選手に妙なニックネームをつけたりして盛り上げようとしているのがどうにも鼻につくが、考えてみれば松平康隆が仕掛人となった1970年代の男子バレー以来、日本のバレーボールはメディアへの売りこみに腐心した歴史をもっているので、そんなことで今さら文句をいっても仕方がないのかもしれない。
 
古代エジプト壁画の女性像みたいな顔をしている杉山祥子さんという選手が気に入りました。この人にクレオパトラの扮装でもさせたら綺麗だろうと思う。

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