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2005/07/29

文久3年の遣欧使節団

砂塵の中で記念写真に収まったサムライたち。1864年2月28日撮影。

s-spin

 
 
 
 

 
これ、新撰組が池田屋を襲撃する4ヶ月前なんですね。
 

文久3年(1863)12月、徳川幕府の使節団34人がヨーロッパに出発した。
欧米諸国との通商が開始されてから5年、物価の高騰と攘夷運動により国内が大きく混乱した時期である。幕府は開港した横浜を再び閉ざす交渉団として彼らをパリに派遣したのである。そんなことが実現できるわけもなく、要は朝廷と攘夷派にむけたポーズだったのだが。

代表は池田長発(ながおき) という26歳の幕臣。この人物はもともと攘夷思想の持ち主だったが、パリ滞在中に彼我の国力の差を痛感し、開国派に転じている。フランス側と会談をすすめるうちに、さらに日本に不利な通商条約を結ばされ(ひどい話だ) 精神を病んだという。大変な秀才で、生真面目・繊細な人物だったらしい。


『写楽』 1981年2月号には、この遣欧使節団のメンバーがフランスの写真館で撮った顔写真が掲載されている。これがみないい顔してるんですね。興味のある方はぜひ探してご覧になって下さい。また綱淵謙錠の遺作、『乱』 には、使節団の行動がかなり詳しく描かれているので、こちらもおすすめ。

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