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2005/05/29

ああ、ついに

図書館の駐車場から車をだそうと、オートマのセレクターを入れたところ、なーんの手応えもなくレバーがスカスカと動いてしまう。車が動かん。

ああ神様。走行距離8万キロにして、シトロエンBX乗りの誰もが恐れる最悪の事態が私にもやってきたらしい。「ATの寿命がBXの寿命」 などという人もいるくらいで、この車を手放した人の多くがこのトラブルなのだ。
オートマを積替えると、その費用は私が譲ってもらったときの車の価格を遥かにオーバーしてしまう。車検通したばかりだし、ハイドロは快調だし、いちおうクーラー冷えてるし、このところささやかな心の平穏を保っていたのに。参ったなあ。

明日、とりあえずローダーを呼ぶことにする。私の入っている自動車保険には、レッカー30キロまでのロードサービスはついているが、それでは行田の修理工場まで全然足りない。問い合わせてみると、プラス15000円ほどかかるらしい。

ローダーに同乗し、電車でだるま弁当でも食べながら帰ってこよう。

廃車にするのは哀しいなあ。

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2005/05/21

ゴールデン街

姪を連れた妹夫婦と待ち合わせて新宿御苑へゆく。
カメラ誌の編集をしている知人の女性が、仲間と写真展を開いているのである。
 
dm2
 
かわいいんです、これが。和気あいあいとした実にいい写真展でした。
御苑のフォトギャラリー「シリウス」 で、5月25日まで。


妹夫婦と夕食をとったあと、ふと思い立ってひとりで新宿ゴールデン街へ。学生時代によく行っていた内藤陳のバーを16年ぶりに訪ねた。陳さんと久しぶりに話ができて楽しかったが、饒舌な常連さんたちと語り合うパワーがまったく失せているのに愕然とする。

自分はもう、ああいうのは卒業したんだな。

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2005/05/20

献血車ってのはどうにかならんのかね

医療用の血液が、極端に不足していることがTVで報じられていた。
花粉症の流行で薬を服用している人が多く、せっかく献血に来てくれても断らざるを得ないのだという。

ここ10年くらいだろうか、各地に小ぎれいな献血センターがつくられるようになり、リラックスできる椅子に座って献血ができるようになった。終った後には飲み物やら菓子やら、さまざまなサービスがうけられるようだ。私はわりとマメに協力してきたのだが、私の家の近くにはそういう気のきいた施設がなかったので、いつも昔ながらの献血車であった。

献血車というのはなんだか野戦病院のようで、正直いって居心地がいいものではない。エンジンをかけているから振動するし、横になる場所も狭くクッションが固いし、限られたスペースを使っているからしかたないのはわかるが、もうすこし改善の余地があるのではないかと思う。

いちばん最近献血をしたのは免許更新のときであった。府中試験場の玄関脇にはたいてい献血車が停まっている。このときはじめて400ccの献血というのをためしてみた。
簡易ベッドに横になり、片腕を看護士のいる小部屋につきだして、することもないので文庫本を読む。200ccの献血より少々時間はかかるが要領は同じである。ただ、新型の機械なのか、突き出した腕の下から、いままで聞いたことのない音が響いてくるんですな。なにやらポンプだかモーターだかが作動する音だ。「ウィ~ン」と。これが妙に耳ざわりで困った。なんだかポンプで体中の血を抜かれているような気分になるのだ。

もちろん体に害がないのはわかっているのだが、怪しげな音を客に聞かせることもあるまい。車外の喧騒も入ってくることだし、ああいう場所こそ音楽でも流せばいいのにね。

献血車を根本的に改良したら、献血をする人が増えると思います。ほんとに。

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2005/05/16

罪を憎んで人を憎まずというけれど

中韓の反応はともかく、戦地に散った英霊の方々は、東條英機と一緒に祀られてどう思っているんでしょうね。

  
nogi
善通寺第十一師団司令部。


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2005/05/15

プロ野球の

交流戦がはじまりましたが、残念ながら期待していたほど面白くないですね。
これがJリーグ開幕の年に実現していたら、ずいぶん違った結果になっていたような気がする。プロ野球という競技が、スポーツファンや視聴者の選択肢のひとつに過ぎなくなってしまった今の野球選手は気の毒である。

所沢の野球場でアルバイトをしていた大学時代の話だ。たしかオープン戦の時だったと思うが、私が通路で入場客の案内をしていると、業務用の通路から白いトレーナーにジーンズ姿の大柄な男がやってきて、場内の自販機でタバコを買おうとしていた。どうやら休憩中のバイトらしい。従業員が客用の施設を使うことは禁じられていたので、私は声をかけた。

「おーい、社員がそこの販売機は使うなってさ」 

小銭を手にした男はこちらを振り返り、睨みつけた。私は勘違いに気がついてすぐ彼に謝った。

男はファームの選手だったのである。スタジアムに併設された小球場では、二軍のリーグ戦が行われている。選手寮もすぐそばにあって、施設内でファームの選手をみることも多かった。

怒鳴られでもするかと思ったが、彼は下を向いて舌打ちすると、無言で去っていった。立ち去りぎわに何ともいえない淋しそうな表情を見せたのが印象的だった。
ドラフト1位で入団した選手だったが、彼のポジションには常にベテランの選手が活躍していて、あまり1軍で上がる機会がなかったのである。いわゆる「2軍で茶をひいている」 多くの選手の一人だった。おそらく彼も数年のうちに引導を渡され、この世界から姿を消すのだろう。
毎年入団する選手と同じ数の人間が、押し出されるように去ってゆく。球団職員や解説者など、業界に残って仕事ができるのは1軍選手の中でもごく一部だけである。私と同年代らしい、あまり器用そうではないあの男は、野球を離れた時どうやって生きてゆくのだろうか。彼の大きな背中を見送りながら、私は思った。

世の中分からないもので、彼はそのまま消えてゆくことはなかった。努力もしたのだろうが、実は世渡りの上手さももっていたのだろう。のちにセ・リーグの人気球団に移って数年活躍し、その実績を武器に引退後タレントとなった。正直言って好きなタイプではないが、テレビで彼を見かけると、いつもあのときの表情を思い出す。
 
 


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『Peace Tour』  ユーリズミックスの輸入版DVD。アマゾンで注文したら1日で届いた。客席に手をふり微笑むアニーは、若い頃より数段魅力を増していました。

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2005/05/13

アニー・レノックス

久しぶりに『MEDUSA』 を聴く。名曲ぞろいのカヴァーアルバムである。アル・グリーンの『Take Me ToThe River』や、おなじみ『A Whiter Shade Of Pale』 もいいけれど、私は『Train In Vain』 がいちばん好きだ。はじめて聴いた時は、クラッシュを取り上げているというだけで感涙ものだった。実はもうオリジナルより気に入っていたりする。

ユーリズミックスが初来日した1984年、新宿厚生年金会館のライブに行った。19歳のときである。彼らの音楽的志向がまだよく分からなかったので、意外とソウルフルなスタイルにすこし戸惑った記憶がある。アンは喉が弱いらしく、高音があまり出なくなっていたのが残念だった。公演最終日だったせいもあるのだろう。当人は「風邪をひきました」 といっていたが。

90年代の終りのころから、TVのコマーシャルでMTV全盛期の洋楽がさかんに使われているが、あれは80年代に洋楽を聞いていた世代が30代後半になって、CMを任されるようになったためなんでしょうね。

再結成のアルバム『PEACE』 も好きだけれど、『17 Again』 は反則です。ありゃずるい。

medusa

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2005/05/12

いまさらですが、『失踪日記』を

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買おうかどうしようか迷っていた、吾妻ひでおの『失踪日記』(イーストプレス) を購入し、一気に読了。いや、面白かった。ホームレスやアル中病棟の話ももちろん笑ったが、ガス配管工時代に、ガス会社の社内報に思わずマンガを投稿してしまうくだりが最高だった。これも業というものだろうか。
 
残念ながら、この人のマンガは一度も読んだことがない。小学生の頃の私は完全に少年ジャンプ派で、鴨川つばめや山上たつひこでチャンピオンがブレイクした時も、ひたすらジャンプを買っていたのである。
(ときどき友人のチャンピオンをのぞき、『マカロニほうれん荘』 を読んでいた。すごいと思ったけど、当時でも「この人は遠からず壊れる」 と思いました)
SFを読むようになってから、SFファンの中に吾妻ひでおの愛好者が多いことを知り、どうやらSFマインドの人らしいなあと認識するようになった。今見ると、昔風のまるい絵柄がなんともほのぼのしていていいですね。まだ断酒を続けているようですが、続編を出すまで死なないでいて欲しいものです。
 
こういうの、昔は小説家がやってたんだけどね。

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2005/05/10

自転車通勤 その2

今回は写真が多いです。まず、愛車マルキン号を。

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ふつうの自転車です。ライトが壊れてます。

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サイクルコンピュータですが、こんな感じで装着するんですね。フロントフォークにセンサーをとりつけ、スポークについてる磁石のパルスを読み取ります。左に見えるボタン電池みたいのが磁石です。

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こんなのもつけてます。「ハブ毛」っていうんですが、ご存知でしょうか?
私、これ好きなんです。

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それでは出発。
 
  
 
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写真はクリックで拡大します。
職場へは少々遠回りになるのですが、緑の多い玉川上水沿いの道を走ることにしました。木々のトンネルをくぐりぬけるのは実に気持ちがいいです。
この有名な江戸時代の用水路は、高度成長期に埋め立てられる方向だったんですね。保存を決断した東京都はえらい。
 
 
 
 
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小金井公園の横を走り抜けます。

 
 
 
 
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青梅街道と合流、杉並に入りました。ここの並木は見事です。どうやらインターチェンジがここに造られるようで、建設反対の立て看板が。そりゃあ嫌でしょうな。
 
 
 
 
 
 
 
 
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信じられないことに、このあたりには茅葺屋根の民家が数軒残っているんですよ。トタンで覆われていますが、黒ずんだ萱がトタン屋根の下に見えます。おそらく街道の南側を拡張したんでしょうね。北側に古い民家や商家が残っているようです。 
 
 
 
 
 
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こんな家もありました。もはや廃墟になってます。屋根に煙を抜く箱屋根がありますね。しかしまあ、よく残っているもんだ。
 
 
 
 
 
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素ん晴らしい看板建築。もう使われていないようですが、今すぐ江戸東京たてもの園に運びたいくらいです。この建物は私がバイクに乗り始めた20年前から気づいていましたが、毎年毎年着実にぼろくなっております。 
 
 
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店名の文字が落下してます。
このまま取り壊されてしまうのでしょうか。もったいない…。


 
 
 
 
早稲田通りを折れるとまもなく職場です。こりゃ勤務先がばれるな。
 
結局、家から11.7キロの道のりに44分かかりました。最高速度は時速30キロで、平均15.8キロ。予想外に早くつきそうなので、道端に残っていた庚申塔の写真を撮ることにしました。

なんだか休日の昼下がりみたいになってしまった。こりゃ楽しいぞ。

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2005/05/09

自転車通勤 その1

梅雨入りまで自転車で仕事場へ通うことにした。

もちろん健康を考えてのことだが、通勤に使っているわがシトロエンを、少しばかり休息させたいという気持ちもあった。現在のオドメーターは8万キロ程度で、2CVを手放してからはハイペースで走行距離を伸ばしている。13年目を迎え、すっかり街で見かけることが少なくなってしまったBXを、なるだけ長く乗りたいと思っているのだ。
 
 
GW中に手入れをした愛車2号(マルキン自転車謹製)を駆り、早起きして杉並の学校に出発。地図で見たところ距離は10数キロだから、のんびり走っても1時間半あれば到着するだろう。

実はマルキン号には、昨夜のうちに秘密兵器が装着してあるのだ。

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サイクルコンピュータです。買ってしまいました。


以前から、自転車の走行距離が分かる機械があればいいなあと思っていたのだ。自転車を趣味とする人には常識なのだろうが、こういう便利なものがあることを、恥ずかしながらまったく知りませんでした。

そういえば、小学校のときに親戚から譲ってもらった自転車に、大げさなスピードメーターがついていたなあ。たしかあれには距離計もついていた記憶があるが、自動車のように車軸付近につけられた歯車で回転をとるしくみだったから、ジャラジャラとやかましい上、ダイナモと同様やたらペダルが重くなる代物だった。
ついでにいうと、この24インチの自転車には、懐かしや電子フラッシャーまでついていたのだ。電源として単1電池6本を荷台に搭載していて、もう大変な重さであった。

今回買ったメーターは、目薬のボトルほどの大きさしかない。フロントフォークにとりつけたセンサーで、前輪のリムにはさみこんだ直径1㎝ほどの磁石からのパルスをとるしくみなんですな。全然ペダルが重くならないことに感動した。

車輪のサイズをインプットしておくと、速度と走行距離、走行時間が表示される。走行時間のメーターは、もちろん停まっているときには動きません。最高速や平均速度も記録されます。すごいや。

しかし、カゴつきの街乗り自転車にこれをつけている人はあまりいないですね。

次回に続きます。

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2005/05/07

『瑠璃の島』 感想

「なんだかなあ。このドラマ、あんまり沖縄への愛情が感じられないんだよね。映像もいまひとつ冴えないし」
「原作があるからまあしょうがないにしても、これ、沖縄じゃなくても話が成り立つよね。富良野あたりでも全然OKなわけで」

「いまから考えれば、NHKの『ちゅらさん』 ってかなり気合いが入ってたよね」
「NHKはお金のかけかたが全然違うからねえ。まあ、ワンクールのドラマと比較したらちょっと気の毒だけどさ。いつだったか、波照間にいたときにNHKのロケが来たじゃない。スタッフ3・4人とレポーターの女性が一泊して、民宿のロビーが全部埋まるような機材を持ちこんで、1日中ロケして、放送したのは2分ぐらいだったよな」

「登場人物が全然沖縄人っぽくないんだよ。倍賞美津子なんか、東京の人にしか見えない」
「だれも沖縄弁もどきを話さないのは、どういう方針なんでしょうね」
「ときどき思い出したように、語尾をのばしてみたりするからおかしい」

「小日向文世がダメダメの島人を演じてますが」
「アル中の設定らしいけど、全然酒のんでないじゃない」
「しかしさあ、どこの島とは言わないけど、実際にああいう人いるんだよね、でも本物はあんなもんではなかった」
「毎日べろべろだったしね。何言ってるか分からないんだもん。それでいて島のけっこう大事な役職についていたりする」
「あれは凄かったねえ」

「主役の女の子、若い頃の伊藤かずえにちょっと似てない?」
「可愛いんだけどさ、大人が小学生のコスプレしてるみたいだよね。二十歳過ぎに見えてしょうがない」
「毎回着実に日焼けしてます」

「ななこさん(西田尚美)、飛ばしすぎ」

「竹ノ内豊はどうでしょう」
「まだよくわかんないな。彼が以前、愛親覚羅溥傑をやったドラマが良かったね。常盤貴子のダンナの役で」
「この人あんまり上手くないから、誠実なデクノボーを演じるといい味でるんだよ」

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2005/05/05

自転車に乗って

早起きして自転車を洗い、妻と小金井公園へいった。わが家から自転車で15分ほどの距離である。ビールを呑みながらキャッチボールをする。

ここはかなり広い緑地公園で、私の本でも取り上げた博物館・江戸東京たてもの園がある。GWは例年通り大変な人出で、駐車場に入る車のために公園沿いの狭い街道は大渋滞となっていた。
 
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芋洗いのバーベキュー広場は、肉を焼く炭の匂いと煙が充満。
 
しかし、難民キャンプ状態の中でバーベキューをしている人たち、場所は守らないわ、通路に椅子テーブルを広げるわで、大変なものであった。おまけに混雑時は、ふだん駐車場にしていない周辺の木々の間にも無理やり車をいれているものだから、砂煙まで上がっている。あそこで食べておいしいのかなあ。

ひとつ面白いことに気がついた。公園の東側は大混雑だが、西側はかなり余裕があるのである。東側には子供向けの施設やバーベキュー広場などが備えられて、駐車場が多いため、どうしても人が集中してしまうのだろう。西側で遊んでいるのは、近所から自転車でやってきた人が圧倒的に多いのだ。

ローカルネタですが、この公園を訪れるときは、西側の小金井街道ちかくでのんびりすることをお勧めします。

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