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2005/04/20

失われた日本の農村

『グラディエーター』 のDVDを安売りしていたので、買ってきて久しぶりに鑑賞。よくできた見世物映画である。字幕翻訳は悪名高い戸田奈津子女史だが、登場人物にいちいち「マルクス・アウレリウス皇帝」 といわせるのは気持ちが悪いので勘弁してほしい。トラヤヌス帝、ディオクレティアヌス帝、マルクス=アウレリウス帝だよ。皇はいらんのだ、皇は。

(面白いことを発見。アウレリウス皇帝でネットを検索すると、この映画についての記述ばかり拾う。アウレリウス帝で検索すると歴史系のサイトやブログが出てくる)


木村哲人『戦争中は毎日が“極楽”だった』(第三書館) を読了。
著者は1933年生まれ。長く映画・TVの録音技師をしていた人で、茨城の地主の子として育った少年時代を回想している。昭和一ケタ生まれの人々の戦争記録は疎開テーマが多く、たいがい都会者の恨み節になってしまうので、疎開児童を受け入れる側の記録も重要なのです。
上陸するアメリカ軍を竹槍で迎え撃てという指示に、村人が呆れかえって軍を見限ったというエピソード(ムシロ旗・竹槍はシンボリックなもので、農民は江戸時代でも剣や武具をもっていた)、農地改革以前に、戦争中の供出などで農村の地主・小作制度が崩壊していたという話(小作より小地主のほうが生活が苦しくなったという)、いまはなき祭礼や風俗、サンカの兄妹の話など、興味深い思い出がつぎつぎと紹介されてゆく。挑発的なタイトルだが、疎開者にも心配りがあるところに好感がもてた。ただし、この本を読む限り、著者の生まれ育った茨城の農村はかなり豊かな土地ではあったようだ。
著者も触れているが、東京の町っ子・小林信彦の回想『一少年の見た〈聖戦〉』(ちくま文庫)あたりと併読すると面白いだろう。
しかし昔の日本って、都市部と農村部ではまるっきり別の国ですな。


中国のネット事情。なーるほどね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050420-00000002-wir-sci
 
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