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2005/04/17

情報統制が可能だった時代 その3

さて、海外のラジオ放送を熱心に聴いていた小学生のころ、どうしてもうまく受信することのできなかった局があった。アルゼンチンの放送局だったが、ラジオのダイヤルをこの局に合わせると、スピーカーから強烈な雑音が流れ出るのだ。
この局の周波数に対して、強力なジャミング(妨害電波) がかけられていたのである。

ジャミングは、社会主義の国々が情報遮断のために用いる常套手段であった。自国民が自由主義陣営の情報にふれないよう、同じ周波数で「雑音の放送」 を流すのだ。
アルゼンチン放送と同じ周波数を、アジアでは台湾の放送局が使用しており、この局は中国大陸に向かって放送を行っていたのであった。ジャミングの発生源はお分かりであろう。もっとも、当時世界最大のジャミング大国はソ連で、アメリカやイギリスがソ連に向けて流していた短波放送に、ことごとく妨害を行っていたらしい。そのころ読んだ本によれば、ソビエトが妨害電波の送信にかけていた1年間の費用は、BBCの年間予算に匹敵していたという。

まあ単純といえば単純な方法であった。他国からの情報をそこまでしてシャットアウトしなければ成り立たない社会というのが子供心にも納得いかず、先に書いたように、単純に社会主義を礼賛する人々が信用できなくなった。

中国でのインターネット人口は一億人に達するという。どうやら多分に管理されているようではあるが、新種のクチコミであるこのきわめて危険な道具への規制を、当局がこれからどのように強化していくのか注目している。

sanshin


最後に、このところの中国の騒動をみていてもっとも気になったこと。
 
一党独裁のもとで資本主義経済を取り入れるという大博打はまもなく破綻すると思うけれど、政府が国民をコントロールできなくなったとき、混沌のなかで国民に冷静をよびかける勢力がこの国にあるのかということだ。ロシアや東欧の民主化においては、それは弾圧を生き延びた言論人であったり、宗教勢力であったりしたわけだが、近年の報道をみていても、そのあたりがどうも見えない。天安門の動乱を知る世代は、今回のデモで気勢をあげる一人っ子たちをどのように眺めているのだろうか。

天安門事件のニュースを見たときの感動は今でも忘れない。広場に押し寄せる群衆に、戦車を押しとどめる若者に、そして弾圧を躊躇し失脚した趙紫陽に私は泣いた。
もっとも今から考えれば、あのとき中国に大きな変革が起きていたとしても、社会主義的安定を求める地方の労働者や農民と、民主化一辺倒の都会の学生たちとの絶望的な溝を埋めるために、新政権はやはり反日という切り札を使っただろうけどね。

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