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2005/03/09

ローレライ雑感 その3

映画の『ローレライ』は未見なのだが、ひとつ気になったのは、登場人物のヘアスタイルについてだった。
予告編を見る限り、この映画では艦長以下主要な登場人物が短髪にしていない。当時の写真や記録映画を見ると、潜水艦の乗員はほとんどが坊主頭なのである。それについて製作陣がコメントを出していて、戦争中、実際に日本の潜水艦に乗艦していた人に聞いたら、「頭をケガから守るために」 長髪も可だった、とのこと。史実に即していると言いたげだが、映画を観た人の中にもこれには違和感を感じた人が多かったようだ。
考えてみれば、そういう観客が少なからず存在した以上、明らかにこの設定は失敗なんだよね。この物語のコアになっている部分が荒唐無稽な分、まわりのディテールは徹底的に(必ずしも真実でなくてもいいから)観客の納得のいくものにしなければならない。

「いかに嘘くささを忘れさせるか」 ということが、この手の映画の要諦なのである。

イギリスの作家クレイグ・トーマスの長編に『ファイヤフォックス』(ハヤカワ文庫)という傑作がある。冷戦期、ソ連が開発した新型戦闘機を、アメリカ人パイロットがソ連まで盗みにゆき、操縦して帰ってくるというとんでもない話である。この戦闘機は『ローレライ』に通じるようなとてつもない能力があって、はっきり言って実に荒唐無稽である。
この作品はクリント・イーストウッド主演で映画化されているのだが、原作のエッセンスを忠実に取りこんだ脚本は秀逸だった。映画の前半は主人公が潜入した夜のモスクワと、荒涼とした郊外のシーンがほとんどで、飛行機は登場しない。秘密警察の暗躍し、暗い表情の人々が行き交うロシアの街のシーンは実に類型的で、当時西側諸国の人間があの国に抱いていたイメージそのものだ。その風景と緊張感をしつこいほど丹念に描写しておくことで、観客は終盤、舞いあがったこの超戦闘機にもはや疑問をもたず、嘘くささを忘れてカタルシスを味わうことができたのだ。

ハリウッド映画のように湯水のごとくお金をかけられない以上、CGやセットの出来についてあまり文句をつけるには野暮なのかもしれない。ただ、それを脚本や俳優の演技でカヴァーできているのだろうか。日本の娯楽映画は脚本が破綻しているものも多いので、少々気になるところである。

surcouf20port

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