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2005/03/29

怪人二十面相ふたたび

新聞にポプラ社の全面広告が出ていて驚いた。乱歩の少年探偵団シリーズとルパンシリーズが、新しく文庫版で出るらしい。ポプラ社のこのシリーズは、もう何度も何度も読んだものだ。小学生の頃は二十面相はおもに男の子が、ルパンは女の子が読んでいたという記憶がある。

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怪人二十面相です。

あれっ、表紙と挿絵がモダンになっちゃってるんですね。悪くはないけど、どうもイメージが違います。だいたい二十面相って、老人やらコックやらいろんな姿に化けるけど、こんな格好してたかな。これは変装というより扮装だなあ。

 
 

cちなみにこれが旧版で、カバーと挿絵は柳瀬茂。小林少年が仏像に化けています。

少年探偵団シリーズは40冊近く手元にあったのだが、結婚したときに処分してしまった。この本はシリーズ一作目ということで、押入れの天袋にとっておいたのだ。天袋を開けるたびに落ちてくるので、今回すぐに用意することができました。

やはりこっちのほうがいいや。

旧版は学校の図書室などで借りたことのある人が多いのではないだろうか。いまでも図書館ではよく見かけるが、たいてい読み倒されて薄汚れている。それがまた怪しげでいいんだけどね。このシリーズに関しては、きれいな本を読んだ覚えがない。
裏表紙は、立ひざをしてトランシーバーをかまえる小林君の姿。背表紙のタイトル下には、鉄仮面というか、甲冑の頭の部分が描かれている。思い出しませんか? 
(ちなみにここの絵は数回変更されているので、何を覚えているかで年代が分かります。鉄仮面の前は蜘蛛のイラストで、最後は黄金仮面みたいな人物になる)

子供の頃、シリーズ中に出てくる東京の地名に興味をもち、二十面相が出没する場所を地図で調べたりしていた。当時はよく理解していなかったのだが、『怪人二十面相』『少年探偵団』などが書かれたのは1930年代後半。戦前の小説なのだ。
(『青銅の魔人』が昭和24年で、戦後初の作品。明智小五郎が二十面相に「きみも戦争中はさすがにおとなしくしていたようだね」 なんていうシーンがある)
あのころの私のイメージでは、麻布はコンクリート塀が連なるさびしい屋敷町で、(当然お屋敷は洋館。必ず書生がいる) 戸山は広大な原っぱで、銀座はクラシックなビルディングと宝石店が立ち並ぶ、車通りの少ない静かな街である。小説に登場する40年前の風景が、都心に行けば現実にあるものだと思っていた。
銀座を静かな町とイメージしているのはよく考えると変なのだが、二十面相は泥棒なので、作品の中で描かれるのは真夜中のシーンが多かったのだ。人で溢れる銀座の歩行者天国をはじめてテレビで見たときは、かなりショックを受けたものだ。
今の子供たちは、このシリーズの時代背景をどのように認識しているのだろうか。

戦後は宇宙怪人やら巨大かぶとむしやら電人やら、わけのわからないものに化けるようになってしまった二十面相だが、このシリーズは後半に、乱歩の一般小説をジュニア向けにリライトした作品群があって、これがまた実におどろおどろしくて面白かった。こちらはもう再刊しないようですね。
 

ああ、忘れていた。ポプラ社といえば、もう一冊面白い本を持っていたんだった。次回紹介したいと思います。

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2005/03/27

伊401発見 その2

DSC0427320世紀フォックスのDVDが999円で大安売りしていたので、『X-メン』 を購入して再見する。馬鹿馬鹿しいけれど好きな映画なのだ。何といってもオープニングがすばらしい。前にも書いたが、ああいう設定をこの手の娯楽映画に抵抗なく取り入れるのがハリウッド映画の凄みである。
しかしマグニートという人、野望が大きいわりには手下に恵まれませんな。変身ミュータントの青子さんの他は、タイムボカンの子分みたいだ。
 

前回に続き、潜水艦の話をあれこれ。

戦争映画には、よくドイツ軍のUボートという潜水艦が出てきますね。ご覧になったことのある人も多いと思うので、頭の中でイメージしてみて下さい。映画で登場するのはたいてい大型のタイプで、全長70メートル前後ある。今回発見された伊401の全長は、さらに50メートルほど大きいのだ。
ちなみに、安全に潜れる深さが100メートル程度。よく考えると自分の全長ほどしか潜れないわけで、なんだか妙な感じである。もっとも当時はどこの国も潜水艦もそんなものだったらしい。飛躍的に性能が上がるのは第2次大戦以降なのだそうだ。
『レイダース 失われたアーク(聖櫃)』 で、主人公がUボートの外側につかまって敵の秘密基地に向かうシーンがあって、公開当時にある映画評論家が厳しく批判していた。私は何も考えずゲラゲラ笑って観ていたが、同じ疑問を感じた観客は多かったようだ。潜ったら助からないじゃん、と。
大戦中の潜水艦は「可潜艦」 とよばれる。現在の進歩したメカニズムをもつものと異なり、緊急時に潜ることもできる船、という程度の性能で、長く潜水していることはできないのである。というより、敵がいなければ基本的にいつも浮上しているんですね。敵の船を沈めるための魚雷という武器も、当時は現在のミサイル並みに高価だったらしく、反撃が予想されなければ浮上したまま大砲で沈めるのがセオリーだったという。
『レイダース』のUボートは、ジョーンズ博士がしがみついている間に敵と接触しなかったわけです。もっとも、誰だって潜水艦といえばすぐ水に潜るというイメージがあるわけで、映画としてはやはり説明不足の感は否めませんね。

 中学生の頃に家族で熱海にいったら、どういうわけかアメリカ海軍の潜水艦が沖合いに停泊していて、艦内を見学させてもらうことができた。『BARBEL』 という名前で、貰ったガイドブックの表紙には、顔のついたマッチョな潜水艦が口でバーベルをくわえているという、なんとも無理のあるイラストが描いてあった。全長はやはり70メートルほどで、当時でもかなりロートルだったようだ。
伝馬船のような船で潜水艦に横付けしたのだが、乗り移るときの恐さと (船体が湾曲している上に、手すりがほとんどない) 艦内の狭さが印象に残っている。テーブルでジャガイモの皮をむいていた水兵が実に不器用で、一緒に見学したおばさんたちがあまりの下手さに呆れて、「ちょっとあんた、包丁持ってきなさい!」 と士官に命令し、みんなで手伝っていた。なかなかシュールな光景であった。
『ローレライ』 を見た方、役所広司がかっこよく命令を出すあの指令室の小さいテーブルで、おばちゃんが3人、水兵と雑談しながらジャガイモをむいているところを想像してみてください。

あの潜水艦ももうスクラップになっているんだろうな。

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2005/03/23

伊401発見

近所のデニーズがつぶれて、跡地にマンションをつくっている。
ここを壊しはじめたときは結構ショックをうけたものだ。私は30年以上同じ市に住んでいまして、このデニーズは子供のころから慣れ親しんだ店だったのです。なんでも東京初の店舗であり、駐車場をもつ郊外型デニーズの第1号店だったそうな。
工事現場をみていると、店舗スペースがあるのを発見。「ドトールでもできないかねえ」 と夫婦で話している。以前も書いたが、わが家はドトールコーヒーの軽食が好きなのだ。近くのガソリンスタンドに店があるのだけれど、ここは厨房が狭いらしく、メニューが少ないのである。ミラノサンドが食べられるドトールが、歩いて行ける場所に欲しいよ。
 

旧日本海軍の潜水艦がハワイ沖の海中で発見された。終戦後アメリカ軍に接収され、研究されたのちに魚雷で処分されたもので、戦艦大和やゼロ戦と並んで子供の図鑑で必ず紹介されていた有名な軍艦だ。
この艦はパナマ運河の攻撃用に開発され、水密の格納庫に爆撃機を3機搭載している。アメリカ西海岸の近くまでゆき、飛行機を組み立てて離陸させ、運河の閘門を爆撃で破壊して、アメリカ海軍の艦船が大西洋から運びこまれるのを妨害しようという作戦だったらしい。120メートル以上ある船体は当時世界最大であった。
(「ローレライ」 のモデルになった潜水艦より大きい) 

なんとも壮大というか妄想的な計画だが、この潜水艦が完成した戦争末期にそのような大作戦が実現するはずもない。南太平洋にあるアメリカ軍基地の攻撃に向かう途中で、8月15日の終戦を迎えた。実戦参加はこの1回だけである。

このとき搭載していた爆撃機は、塗装をはがして銀色にし、星のマークを描いていたという。明らかにジュネーヴ条約違反のこの行為がバレないように、帰港前にあわてて海に捨てたそうだ。米海軍に降伏する前、司令官は自沈・全員自決を指示したが、艦長以下乗組員は反対したとか。

なんだかこの話のほうが、映画にしたら面白そうだぞ。
 
 
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/america/news/20050321k0000e030033000c.html

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2005/03/22

新聞の勧誘員

インターホンが鳴った。古新聞の回収業者と名乗る男が喋っている。ドアをあけると若い男が立っていた。

「ご近所で古新聞の回収をやってまして、新聞を入れる袋をさしあげてるんですよ。」

大きな紙袋をもった男は話をつづけた。

「ご挨拶にと思って、洗剤もお持ちしました、それからこれを」

男はロールペーパーを2個、私の手にのせた。

「えーと、実はですね、私はこの地域を回ってまして、読○新聞の契約をお願いしてるんですよ。私、地方から出てきたばっかりで、この仕事まだ浅くて。全然契約が取れないんです。今日取れないともう営業所に帰れないんですよね」

私は答えた。「よその新聞取ってるから駄目だよ」

「いや、6ヶ月だけでいいんですけど、お願いしますよ。お願いします」 男は食い下がる。

実は私はこういうやりとりが大好きで、毎日相手をしてもいいと思っている。こっちは商売柄、いくらでも喋りつづけることができるのだ。怒鳴ったりするとくたびれるし、捨て台詞でも吐かれたらストレスが溜まるだけである。5分ほどのやりとりのあと、販売員証を胸につけていない男に (いちおう業界のルールらしいのだが、私は見たことがない) 話しかけた。

「大変なのは分かったけど、いくら頑張っても契約しないよ。うちは新聞2紙もいらないもん。うちの勧誘に精力を注ぐんだったら、早くよそに回ったほうが効率がいいと思うな。この仕事が好きなら、もうちょっと効率のいい方法を考えるといい。勧誘が本当に辛いんだったら、別の仕事を探してみるといいんじゃない? 不景気なのは確かだけど、そっちのほうが絶対楽だよ。頑張ってね」

「そこをなんとか…」

私は笑って言った。 「いらない。それ以上粘ると逆効果だよ」

「…」

男は私が差し出したロールペーパーを受け取ると、黙って立ち去った。キレてドアを蹴ったりすることもなかった。もうすこし話をしてもよかったんだけどな。

妻に聞いたら、実は2年ほど前に来たことのある男だったらしい。やれやれ。

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2005/03/21

墓参りの帰りに

0201車の中でひさしぶりにロッテのキャンディ・小梅を買ってなめている。発売当時はこういう甘酸っぱい飴というのが新鮮で、なめ過ぎて気持ち悪くなったり、口の中を荒らしたりしたものだ。
(注・現在の製品は、味も舌ざわりもかなりマイルドになっています)

飴玉を包む小袋に、何やら書かれているのを発見。どうやら商品のイラストにもなっている「小梅ちゃん」 のキャラクター設定のようだ。

「小梅は15歳。かに座のB型。性格はちょっと内気」  
「おしゃれをしてお出かけする時はきれいな扇子を持ちます」
「小梅は初恋の人、真様への思いを手紙にしたためます」

などと、しゃらくさいことがいろいろ書いてある。ふーん、この娘は15歳だったのか。
「初恋の人・真様は、旧制高校一年生」 なんてのもあった。こちらの男の子をフィーチャーした飴も販売されているようで、パッケージには学帽をかぶった少年が描かれている。ちなみに真様はブルジョアジーらしいです。(しかし旧制高校ってのがよく分からん。昔風の設定なんだろうが、当時は「旧制」なんてつけないぞ)
一通り見てみたが、どうも物足りないなあ。だいたい一袋の中に4種類ぐらいしかコピーがないのである。種類をもっと増やして、内容を充実させて頂きたいものです。

「この春から、女中奉公の小梅です」 とか、
「初恋の人・真様、学徒出陣」、「真様マラリアで戦病死」 なんてのは駄目ですかね。

なんと、小梅の本というのがありました。
http://www.lotte.co.jp/koume/index.html

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2005/03/19

ロマンスカーの思い出

箱根という観光地のもつ意味あいを、関東以外の人に説明するのは難しい。

日帰りでも宿泊でも楽しめる、山と谷と湖のある温泉地で、都心から1時間半ほどで着いてしまう。たとえば関西地方だと、どの辺にあたるのだろう。大阪中心部から同じくらいの距離の観光地といったら、琵琶湖のほとりか若狭湾周辺、南なら和歌山の御坊あたりだろうか。

東京都下に住んでいた私にとって、箱根の記憶はつきない。ロープウェイやケーブルカーに歓声をあげた家族旅行、強羅公園や彫刻の森を女の子と散策した日帰りの旅、友人たちと騒いだ芦ノ湖湖畔のコテージ。どれも懐かしい思い出だ。
何度か行った家族旅行は今でも忘れられないが、すぐに思い出すことのできる風景は箱根の眺めではなく、国鉄新宿駅の雑踏から厚いガラスで切り離された、小田急線のコンコースなのだ。瞼の裏に浮かぶのは、革ケースに入ったニコンを肩から下げて特急ホームを歩く開襟シャツの父であり、(あのときの父は今の私より若かったのだ)小さな籐のバスケットをさげた妹の手を引く、ワンピース姿の母である。30年前の、あの暑い夏の日。
私はといえば、なくすから渡しなさいと言われながらも決して手放さなかった、はこね号の緑色の切符を握りしめて、先頭が展望車になった電車がゆっくりとホームに入ってくるのを見つめていた。作家のイアン・フレミング(注)が、「まるで火星の列車のような」 と感嘆した優美な電車であった。

これは父に頼んで撮ってもらった写真。
(右端に写っている女の子が、典型的な夏のお出かけスタイルなのがおかしい)

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そう、箱根といえばロマンスカーなのである。東京の人間にこれほど知名度が高く、そして愛された観光列車はあるまい。

新宿駅を発車すると、スチュワーデスのような濃紺のコスチュームを身にまとった客室乗務員の女性がやってきて、ご注文は、と尋ねる。この列車は車両の片隅にカウンターがあって、そこで準備した軽食をサービスするのが特徴だった。座席の窓辺にある小さなテーブルには、あらかじめメニューが備え付けてあり、注文の品を載せた銀のトレイを手に、女性乗務員は揺れる列車の中を器用に行き来していた。今思えばなんと素敵なサービスだったことか。
母は紅茶を、父はウィスキーを頼むのが常だった。これらの飲物は紙コップではなく、ちゃんとソーサーに載った陶器のカップと、クラッシュアイスの入ったウィスキーグラスでサーブされていたのである。父は空になったウィスキーのミニチュア瓶を私にくれた。それはロマンスカーのイラストが入った紙ナプキンとともに、私の宝物になった。
飛行機など乗ったことのない子供たちにとって、夢のような乗り物だったのだ。

10年ほど前だったか、小田急の新しい特急電車が完成したことをTVのニュースが報じていた。小田原あたりはずいぶん前から通勤圏になり、特急列車も観光からビジネス用にシフトせざるを得ないというのである。新型車には展望車はなく、「走る喫茶室」 とよばれたあのサービスもなくなっていた。
その後、電車で箱根に行ったことはない。




本日の朝刊に載った広告です。どうやらロマンスカーが帰ってきたらしいですね。
(展望室と軽食サービスを復活させたそうです) 

久しぶりに箱根に行くかな。

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注・イアン・フレミング…  007シリーズで有名なイギリスの大衆小説家。シリーズ最終作を校正中に心臓麻痺で死亡し、映画化による世界的な007ブームを知ることなく世を去った悲劇的な人物である。1960年代初頭に来日し、その印象をもとに『You Only Live Twice』(007号は2度死ぬ)を書いた。彼は帰国直前に箱根を訪問したが、以下はそのときの感想。

「…東京に帰るときに乗った列車ほど美しい列車を、わたしはほかに見たことがない。
―明るいオレンジ色に塗られた流線型のアルミニュームの車体は、まるで火星上を走る列車を思わせたが、実際にはこれは小田急という民間の鉄道会社によって運転されているのである。車内に流れる音楽と、赤紫色のユニフォームを着て日本茶やウィスキー(わたしはスコットランドの出身だが、あえていう、日本のウィスキーはなかなかいける) を配って歩く美しい娘さんたちを見れば、わが英国の鉄道もきっと教わることが多々あるに違いない」 
(エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン 1965年臨時増刊号・007号特集より)

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2005/03/18

卒業式の日は風が強い

2年間教えていた生徒たちが本日卒業。中学三年生を教えるときは、最後の授業でいろいろな話をするのが恒例だったのだが、今年はその時間がとれず残念だった。
家に帰ってコーヒーを読みながら、生徒が書いてくれた手紙を読む。
(先生方に手紙をくれるのです) 
女の子からの手紙で気になるものがあった。授業の感想を書いてくれたあとに、

「私は先生がいつも授業中にやっている不思議な動きが好きなので、これからも続けて下さい。2年間どうもありがとうございました」

と書いてある。

うーん、わからん。私はあまり動き回って授業をしないし。板書や講義をしているとき、気づかないうちに体のどこかが痙攣していたのだろうか。いやだなあ。

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あなたたちが決めた新しい居場所が、あなたたちをさらに成長させてくれますように。
卒業おめでとう。

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2005/03/17

八重山の海は

いつまで美しいまま保たれるのだろう。

高校の授業はテストも終わり、これといってすることもないので、沖縄の歴史の話をして石垣島・黒島・波照間島の写真を見せた。結構興味をもって見てくれて、なかには行ってみたいと思った生徒もいたようだ。ただ、ここ1.2年の観光客の急増をみていると、あの夢のような風景を楽しめるのもさほど長くないような気がする。島の雰囲気が明らかに変化してきているのだ。


仕事帰りに図書館に寄り、林家三平のCDがあったので借りて車で聴く。「源平盛衰記」 と、三平グラフィティと称する漫談が収録されていた。「源平」 は昔、ラジオの録音を持っていてさんざん楽しんだものだ。久しぶりに聞いたが、どうも音源が悪いようであまり面白くなかった。実に残念。
後半には三平の真打襲名口上が収録されていて、志ん生と七代目圓蔵の挨拶が聞けたのが収穫だった。これは昭和33年の録音である。
風俗・事件をものすごいテンポで折りこんでゆく漫談に圧倒される。明らかに半狂人の芸であった。

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2005/03/16

踏切事故

よく利用するJR中央線の駅のすぐ脇に、非常に交通量の多い踏切がある。昨年、線路の工事で大渋滞を繰り返し、ニュースでもよく取り上げられていた場所だ。

私が小学生の頃まで、この踏切には警手がいた。今回事故が起きた東武線の踏切と同じく、横に小さな詰所があって、ブザーが鳴ると中にいる警手がぐるぐるとハンドルを回して遮断機を下ろすのである。
この種の踏切の遮断機はバーではなく、黄色と黒の板をくくりつけたワイヤーを横に張ったものだ。警手は歩行者の頭ぐらいの高さで遮断機を一回止め、歩行者の様子をみる。急ぎの人はそれをくぐってしまうので、さらに胸のあたりまで下げて、早く渡れと警告する。歩行者が指示に従わない時は、小屋から顔を出してホイッスルを吹く。声を荒げて怒鳴っていることもあった。
そのあいだも列車は刻々と近づいている。本当に、列車がすぐ近くに見えるのだ。遮断機が完全に下がり切った十数秒後には、特急列車やら貨物列車やらが轟音をたてて通過するのである。
ときどき横で眺めていたが、いつ見ても本当にヒヤヒヤした。こんな仕事を無表情でこなす大人は凄いと思った。

今回の事故の現場は列車の本数が多い、いわゆる「開かずの踏切」 だったようだ。夕方のニュースを見ていたら、警手が逮捕されたことが報じられていた。報道を見る限り、彼の錯誤が直接の原因のようである。亡くなった人たちはもちろん気の毒なのだが、ここで働く係員が、自動踏切では対処できない、きわめてファジーかつ危険な作業を日々強いられていたことは間違いなかろう。

なんだか昭和30年代の事件のようだ。とても21世紀の出来事とは思えない。


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山形県某所。
田舎の小さな踏切ですが、ここは新幹線が走っています。実際にみるとかなり驚く。

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2005/03/15

せっかくインタビューしてるのに

久しぶりに報道ステーションを見る。相変わらず空回りする古館の饒舌が痛々しい。昔は感心した彼の言語喚起能力が、実はまったく国語力に裏打ちされていなかったのだということを気づかせてくれた貴重な番組である。恐いもの見たさで時々チャンネルをあわせてしまう。
今日は堀江社長にインタビューしていた。ホリエモンのいうところの、「ネットとTVの融合」 という漠然としたビジョンに対して、何も疑問を呈さないのが信じられないよ。かりにも数十年、TV畑を歩んできた人間でしょうが。

ウィスキーを呑みながら、トマス・ブルフィンチ編『ギリシャ・ローマ神話』(大久保博訳・角川文庫) を読む。やはりペルセウスの冒険譚がいい。

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2005/03/13

都道府県のパズル

http://dragons.cplaza.ne.jp/kids/kplay/games/map_paz.html

なかなか面白かったです。これ、野球の中日ドラゴンズの子供向けサイトにあるクイズなんですよ。
上級者レベルは、形がちょっとデフォルメしてあるんで分かりづらかった。内陸県の形は難しいですねえ。


ジェイミー・フォックス主演の『Ray/レイ』 を観た友人夫婦からメールを貰った。前から気になっていた作品だが、昨夜アカデミー賞の授賞式を見て、鑑賞しようか考えていたところだった。非常にいい映画だったらしい。観にいくかな。


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2005/03/12

商売道具

0208bテストの採点をする赤ペンの軸が割れてしまい、仕事帰りに買いに行った。
中学・高校では100円の使い捨て赤ペンが主流だが、私はインクを交換できるプラチナのペンを愛用している。「ソフトペン」 あるいは「採点ペン」 とよばれていて、ペン先も交換することができる。これは小学校の先生がよく使っている文房具なので、見覚えのある方も多いのではないだろうか。フェルトが柔らかくて太く、手が疲れないのだ。公文の教室でもこのペンが使用されているらしい。

立ち寄った職場近くの店は、さまざまな文具が天井まで山積みされている典型的な街の文具屋店だった。ソフトペンの有無を尋ねたら、店番をしていたおばさんが棚の奥からごそごそと何かを取り出した。

「古いのが残ってたから、これなら500円でいいよ」 (この商品は800円なのです)

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うわ、こっちの方が断然かっこいい。

「これ、出たときは300円だったんだよねえ」 と呟くおばさんに礼をいい、店を後にした。古い文具店はこの手の楽しみがあるんですよね。この店は他にもデッドストックの商品が大量に眠っていそうだ。
車の中でじっくりペンを眺める。30年前、小学校の時に担任の先生が使っていたのと全く同じタイプであった。よく残っていたものだ。懐かしいやら呆れるやら。

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2005/03/11

倉本聰さんのドラマ

昨夜のことです。

私は台所で考え事をしながらタバコを吸い、妻は食卓で本を読んでいました。
テレビがつきっぱなしで、ドラマが流れています。

私は妻に訊ねた。

「ねえねえ、これ倉本聰のドラマだよね」
「うん」
「いま登場人物がね、腕を振り上げて、いいとも! とか叫んでたけど、この話は昔の設定なのかな」
「違います」
「それは何か、変ではないのですか」

妻は言った。

「いつ見ても、何度見ても、どこを切っても変なの。このドラマ」

その後も見ていて気恥ずかしい描写やセリフまわしが2度3度と続いた。『北の国から』 最終回でも、めまいのするようなシーンがいくつかあったけど、もうこれはドラマの良し悪し以前の問題ですよ。誰かまわりで巨匠に意見できる人間はおらんのかね。


DSC04216関口由紀夫『奇跡のデザイン 発想と想像の昭和』(平凡社)を読む。日本の工業デザイン史をたどった本である。
1920年代初頭、カルピスのポスターを不況のヨーロッパ諸国で募集したこと(有名な黒人マークは3等入賞の作品だったという)、応募全作品を日本で展示し、オークションで完売したこと、顧問デザイナーが杉浦非水だったことなど、興味深い逸話が満載であった。著者は愛知産業大学で教鞭をとるベテランの工業デザイナーである。戦後日本に招かれたレイモンド・ローウィのエピソードも面白く、あっというまに読了した。

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2005/03/10

免許更新

運転免許の更新で、府中の運転試験場に行った。

法規が変わったらしく、講習は4段階に分かれている。初心者と違反者は2時間、一般は1時間で、優良ドライバーは30分だそうだ。数年前にシートベルト未装着でいちど捕まった私は、一般区分であった。

講習は改正道路交通法の説明が中心で、受講者のほとんどがしっかり聞いているのに感心した。20代前半に違反者講習を受けたことがあるが、ききとりづらい講師の話しっぷりと受講者の態度の悪さ、見せられた16ミリ映画(古いなあ) に閉口した覚えがある。鑑賞したのは「再現ドラマ 交通事故加害者・ひたすら悔悟の日々」と、「まんが・宮本武蔵に学ぶ危険予測」 の2作品(?)であった。(タイトルはうろ覚えです)

今回の講師は40代後半くらいの女性で、話し方もうまい。人前で喋る商売をしているせいか、講義を聴いていても、「ここはもう少しメリハリをつけたほうがいいな」とか、「語尾をもう少しはっきりさせたほうが」 などと余計なことを考えてしまう。しかしまあ、これほど多種多様な人間を前に講義をする商売というのも珍しいのではないだろうか。学生からやくざ、優良運転者から極悪非道の無法ドライバーまで、毎日数千人の人たちを相手に喋るのだ。私にはできない。

試験場の門をくぐってから、新しい免許証を手に退出するまでほぼ2時間であった。訪れる人の数を考えれば、日本で最もシステマティックかつスピーディーなお役所仕事であろう。

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2005/03/09

ローレライ雑感 その3

映画の『ローレライ』は未見なのだが、ひとつ気になったのは、登場人物のヘアスタイルについてだった。
予告編を見る限り、この映画では艦長以下主要な登場人物が短髪にしていない。当時の写真や記録映画を見ると、潜水艦の乗員はほとんどが坊主頭なのである。それについて製作陣がコメントを出していて、戦争中、実際に日本の潜水艦に乗艦していた人に聞いたら、「頭をケガから守るために」 長髪も可だった、とのこと。史実に即していると言いたげだが、映画を観た人の中にもこれには違和感を感じた人が多かったようだ。
考えてみれば、そういう観客が少なからず存在した以上、明らかにこの設定は失敗なんだよね。この物語のコアになっている部分が荒唐無稽な分、まわりのディテールは徹底的に(必ずしも真実でなくてもいいから)観客の納得のいくものにしなければならない。

「いかに嘘くささを忘れさせるか」 ということが、この手の映画の要諦なのである。

イギリスの作家クレイグ・トーマスの長編に『ファイヤフォックス』(ハヤカワ文庫)という傑作がある。冷戦期、ソ連が開発した新型戦闘機を、アメリカ人パイロットがソ連まで盗みにゆき、操縦して帰ってくるというとんでもない話である。この戦闘機は『ローレライ』に通じるようなとてつもない能力があって、はっきり言って実に荒唐無稽である。
この作品はクリント・イーストウッド主演で映画化されているのだが、原作のエッセンスを忠実に取りこんだ脚本は秀逸だった。映画の前半は主人公が潜入した夜のモスクワと、荒涼とした郊外のシーンがほとんどで、飛行機は登場しない。秘密警察の暗躍し、暗い表情の人々が行き交うロシアの街のシーンは実に類型的で、当時西側諸国の人間があの国に抱いていたイメージそのものだ。その風景と緊張感をしつこいほど丹念に描写しておくことで、観客は終盤、舞いあがったこの超戦闘機にもはや疑問をもたず、嘘くささを忘れてカタルシスを味わうことができたのだ。

ハリウッド映画のように湯水のごとくお金をかけられない以上、CGやセットの出来についてあまり文句をつけるには野暮なのかもしれない。ただ、それを脚本や俳優の演技でカヴァーできているのだろうか。日本の娯楽映画は脚本が破綻しているものも多いので、少々気になるところである。

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ローレライ雑感 その2

作者がこの作品を書き上げるのに、どうして1000ページ、原稿用紙にして2600枚余りを費やさざるを得なかったかということに、まず興味をもった。

正直言って、この作者はおとなを描写するのが明らかに不得手であった。前作までは、若者を介在させて大人の登場人物の存在を際立たせるという手法を繰り返していて、それがどうにも鼻についたものである。
『ローレライ』 では、細密な書きこみによってそれを克服しようと考えたのではないか。ある程度成功しているように思えるが、その結果として、読者の想像力の入りこむ余地を大きく奪ってしまった。
登場人物たちは、敗戦必至の状況下で戦うことの意味を、死ぬことの意義を考える。「戦争の落とし前」 をつけるために策謀をめぐらす者もいる。過去さまざまな作家によって取り上げられた、冒険小説の重要なテーマの1つである。ところが、この作品ではそれらが全部あからさまに「説明」 されてしまうのだ。実に饒舌に。戦地で地獄を見た兵士の体験を、どうしてすべて描写してしまうのか。戦後の日本の変化を、逐一説明していくのは何故なのか。そこまで書かなくても読者は楽しめるのだが。
その一方で、『亡国のイージス』 に続いて、もっとも重要な登場人物の行動規範が、(なんども繰り返し語られているにもかかわらず) どうにも弱く、説得力に欠けていたりする。

先の戦争と日本人という題材では、村上龍の『5分後の世界』(幻冬舎文庫) がある。日本が無条件降伏という道を選ばず、戦い続けているという世界に迷いこむ男の話だ。この短い小説の中盤に、先の戦争とは何か、敗戦とは日本人にとってどういう意味があったのかということを読者に突きつける、きわめて重要な部分がある。
村上はこの部分をただ1行で片付けているのだな。そしてそれが実に大きな効果をあげているのである。
(まあこの人は、この手の啖呵とハッタリの名手ではあるが)

福井は「アニメと小説を等価と考えるはじめての小説家」 だそうだ。元来『終戦のローレライ』 は、映画化を前提とした「第二次大戦・潜水艦・美少女」 の三題噺として構想されたというから、映像的・アニメーション的なのは理解できる。前回述べたように、今後エンターテインメントの分野では、このような作家がますます増加するのだろうし、否定はしないが、映像と活字では嘘の積み上げ方が明らかに異なると思うんですよね。読んでいて違和感を感じた部分が多々あった。私は完全に活字派の人間なので、アニメーションの方法論をそのまま取り入れたような小説は少々辛いのですよ。

しかし、これくらいアニメっぽくて説明過多でないと感動できない読者が、これからは増えるんだろうな。

次回は映画の話です。


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2005/03/07

ローレライ雑感

映画が公開されましたね。
原作者の福井晴敏氏はファンも多いようで、否定的な感想を述べるのはどうも気がひけるのだが、どうしても書かずにはいられない。過去、あまたの傑作に接してきた冒険小説ファンの方々に問いたいのです。わたくしはあなたがたの同志であります。

彼の小説は面白いのでしょうか。

長くなりそうなので、まず私のHPに以前書いた文章を再掲します。

福井晴敏『川の深さは』(講談社)読了。
『亡国のイージス』『終戦のローレライ』と、ことし代表作が続けて映画化される人気作家の初期長編である。本作を読んで、『亡国のイージス』を読み終えた時に感じた違和感が何だったのかはっきり理解できた。私はこの作家はダメだ。

「事件に翻弄されるなかで、主人公が失った何かを取り戻す」 

という、冒険小説の王道をゆくストーリーである。しかし、主人公が他の人物に感情移入していく描写がどうにも薄っぺらいので、彼が命を賭けて戦う必然性が感じられないのである。この部分こそがこの手の小説の一番の読みどころであり、作家の力量がわかる部分だと思うのだが、作者は登場人物の表層的な言葉のやりとりだけでアクションシーンにつないでゆく。あれで心から信頼しあえるとは到底思えず、後半の派手な活劇にものめりこむことができなかった。叫び、走る主人公が白々しく思えてしまうのだ。ストーリーの進行と冗長な状況説明がかみ合っていないのも気になった。

なんというか、この人の作品は今まで読んできた冒険小説と、全く匂いが違う。本質的な部分、物語を組み立てるベースとなっているものが、明らかにアニメーションやコミックなんだな。この人が『ガンダム』のノベライズを手がけているということ知って納得したのだが、アクションシーンのスピード感や描写はアニメ作品を思わせる。こういう作家はこれからも増えるだろうし、この手の作品が人気を博するのも時代の流れなのだろう。

さて、本題の『終戦のローレライ』 については次回。

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2005/03/06

食べ物を語るということ

中3最後の成績処理。2年間教えた生徒たちも、あと10日ほどで卒業だ。

週刊文春を読んでいたら、「敢えて言う、ラーメンなんて料理じゃない」 という、ラーメンブームを揶揄する記事が掲載されていた。文春さんはラーメン特集をやったことがないのかね、と一言いいたくなるが、店主と客の妙な関係をかねがね気味悪く思っていたので、面白く読んだ。
好きな方には申し訳ないが、ラーメンってそんなに薀蓄を語るものなのかな、と思うんですよね。そりゃあ料理だから美味しいまずいはありましょうが、あらゆる語彙を尽くして味を表現しようとしているガイドブックやテレビ番組は、見ていて滑稽に感じてしまうのだ。それほどのものかね、と。

わが家の近所にわりと有名なラーメン屋密集地帯があって、「ラーメン街道」とよばれている。寒空の下、人気の店には沢山の客が並んで待っている。熱心だなあ、と思うけれど、冷静にみているとやっぱりどこか変だ。
おなかが減っている時にそこらの店にさっと入り、食べたらすぐに出てゆく。まずければ二度とその店に入らないだけで、でかい声で美味いのまずいの言わない。ラーメンって本来、そういう食べ物だったんじゃないのかな。


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2005/03/05

嗚呼、オーナー様

先日逮捕されたあの人の経営する野球場で、10年以上前にアルバイトをしていた。

彼は野球の試合にはほとんど姿を現すことはなかったが、系列のスケートリンクでおこなわれていたアイスホッケーのリーグ戦は、実にまめに観戦していた。実業団2チームのオーナーだったのだ。
私はここでも働いていたので、何度も間近に観察することができた。彼が帰るとき玄関で見送るポジションは「オーナー番」 とよばれ、古手のメンバーが交代で担当していたのである。試合終了直前、玄関前に銀のベントレーが横付けされ、目の前を世界一の大富豪がせかせかと歩み去るのを、われわれは直立不動で見送った。失礼ながら、「風采が上がらない」 というのはこういう人のことをいうのかな、と考えたものだ。

インサイダー取引も、有価証券報告書の偽造もさほど興味がないが、徹底して法人税を支払わない姿勢に昔から嫌悪感を感じていた。(コクドは創業以来、法人税を全く納めていない) 世界一の資産家とされた頃でも、その姿勢はまったく変わらなかったのである。納税なり社会的な貢献なりで、財を世の中に還元するという思想が完全に欠落した人であった。

まあ、アメリカの億万長者のような、強迫観念的な社会貢献も気持ち悪いけどね。

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